今月の音遊人
今月の音遊人:松井秀太郎さん「言葉にできない感情や想いがあっても、音楽が関わることで向き合える」
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アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事
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2018.4.19
tagged: オトノ仕事人, 音楽学芸員, いわき芸術文化交流館アリオス, アリオス
コンサートは演奏者と聴衆がいてこそ成立するというのは当然だが、会場となるホールには高いスキルで運営を支えるさまざまなスタッフの存在も不可欠だ。中でもコンサート自体を企画し、成功へと導く司令塔のような役割は、全体の要だといえるだろう。福島県いわき市で意欲的な運営を行っている「いわき芸術文化交流館アリオス」(以下、アリオス)で、クラシック音楽の公演を企画・制作する音楽学芸員、足立優司さんにお話を伺った。
音楽学芸員という役割がどういった業務を負うのか、ひと言で紹介するのはなかなか難しい。具体的には「こんな音楽家を呼んで地域のみなさんにご紹介したい、こういう音楽をお客様に聴いていただきたい」というシンプルな思いをスタート地点に、スケジュール調整や音楽家(およびマネジメント会社)との折衝、開催決定後の広報プランニングなど、その業務は多岐にわたる。
「音楽を聴いてほしいと願うアーティストと、音楽を聴いて心を豊かにしたいというお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する仕事ですから、本質的な部分では結婚式場と似ているかもしれません。素晴らしいコンサートを開催することは当然の業務で、いわき市や周辺に住む方にとっては数少ない文化施設ですから、“地元のホール”という意識をもっていただき、日常の中にアリオスが存在するような親近感も抱いてほしいのです。そして、お客様の満足度が上がることこそ、2008年4月の第一次オープン当初よりテーマに掲げてきた『クオリティ・オブ・ライフの向上』が実現できるのだと思います」
足立さんは開館前の準備段階からアリオスに関わり、この施設の精神を作り上げたプランナーの一人。お客様の好奇心を刺激したり、新しい発見の喜びを提案することなども大切な運営理念だという。そのためには自らも広報活動などを行い、満足度の向上に貢献する。
「2015年にはパーヴォ・ヤルヴィさんとNHK交響楽団が公演を行い、リヒャルト・シュトラウスの名曲を演奏してくださいました。しかし、ふだんからリヒャルト・シュトラウスの曲を聴いている市民の方はおそらく少ないだろうと思いましたので、作曲家や曲などについてのレクチャーを事前に行い、興味をもっていただけるようにしました。理解が深まることで好奇心を刺激できますし、お客様とのコミュニケーションにもつながりますので」
そうした仕事のノウハウなどは、どのように身に付けたのだろうか。「大学~大学院の時代は西洋音楽史と音楽社会学を学んでいました。いったんは出版社に就職したのですが、東京の三鷹市に新しい文化施設(三鷹市芸術文化センター)が開館する際、スタッフを募集していたのです。舞台に関する業務などは未経験に近かったのですが、幸いにも採用していただき、毎日が覚えることばかりという日々が始まりました。つまりコンサートホール運営における仕事は、すべて現場で覚えたのです。アリオスの開館に際して、声をかけていただいた児玉真さん(現『地域創造』プロデューサー)ともそこで出会いましたので、自分にとっては人生の学校みたいな場でもありました」
また、地域との信頼関係や親和性をどのように高めるかについて考えることも、仕事の重要な部分を占める。アリオスでは音楽家たちが周辺の学校を訪問する「おでかけアリオス」、コンサートやお芝居の舞台裏を見学しながらその仕事を子どもたちに体験してもらう「たんけんアリオス」ほか、多彩なワークショップなども実施。開かれ、そして外に飛び出していくという事業を充実させた。少しずつ育ちつつある若いスタッフにも、足立さんの仕事スタイルは継承されている。
「自分自身が現場で仕事を覚え、素晴らしい先輩方を見ながら育ってきたという自覚がありますので、若いスタッフにもそうした『オン・ザ・ジョブ』の精神で接しています。本音を言ってしまうと、ときには自分がやったほうが早いなとジリジリすることもありますけれど、失敗も含めての成長ですからグッとがまんして見守っています」
足立さんならではの運営ノウハウは注目を集め、開館準備中のコンサートホールからアドバイスを求められることもあるそうだ。これからも「アリオスイズム」とでも呼ぶべきその精神は、全国のホールに拡散していくに違いない。
Q.子どもの頃、なりたかった職業は?
A.中学生になって吹奏楽部でトランペットを吹き始めましたが、それをきっかけに楽器への興味が湧きましたので、楽器屋さんへの憧れがあったかもしれません。今でも演奏は続けていますし、地元の高校生が自分の楽器を購入したいというときには、選び方のアドバイスをすることもあります。アリオスはハープやチェンバロなども所蔵していますので、管理をしていくために調律なども習得しました。楽器に対する好奇心は、おそらく中学生のときと変わっていないのでしょうね。
Q.音楽学芸員になっていなかったら?
A.編集・出版関係の仕事を続けていたと思います。大学では西洋音楽史などを勉強しましたが、その一環でマックス・ウェーバー(社会学者、経済学者)の研究もしており、思想や心理学などの分野にも興味を抱いていました。実は三鷹市芸術文化センターの採用試験で「組織をよくするために、自分は何をすべきか」というテーマの小論文が出題されたのですけれど、すでに仕事で大学の先生が執筆された組織心理学の書籍を編集していましたから、他の方に負けないほどの知識を持ち合わせていたのです。何が幸いするかわかりませんね。
Q.プライベートでよく聴く音楽は?
A.いちばん大切にしている曲はJ.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集第2巻第9番(ホ長調)』のフーガですけれど、ジャンルにこだわらず、いろいろな音楽を楽しんでいます。大学生のころはヴァンゲリス(シンセサイザーを駆使したロック・ミュージシャン。映画『炎のランナー』の音楽でも有名)が好きで、特に壮大な銀河の世界を感じさせてくれる『ホライゾン』という曲を繰り返し聴きました。それから、スピッツの草野マサムネさんも大好きです。
Q.最近行ったコンサートは?
A.東京の紀尾井ホールで聴いた、クァルテット・エクセルシオと柳瀬省太さん(ビオラ)、宮田大さん(チェロ)による弦楽六重奏のコンサートです。仕事柄どうしても、アリオスで演奏していただくアーティストを探すために聴くことが多くなりますけれど、月に数回は東京などへ足を運び、気になるコンサートは聴くようにしています。いわきの皆様に自信をもっておすすめするためにも、まずは自分が聴いて納得しなければいけませんので。
Q.休日の過ごし方は?
A.実は現在も東京の市民オーケストラに在籍しており、仲間たちとトランペットを演奏しています。その経験が仕事に活きることもありますね。演奏者サイドの気持ちも汲めるようになりますし、自分も演奏者の端くれだと思えることで「安易なプログラムは絶対に作らないぞ」という意識も生まれます。
文/ オヤマダアツシ
photo/ 坂本ようこ
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