Web音遊人(みゅーじん)

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

子どものころに習っていたピアノの先生は、とても厳しい人だった。練習しない自分が悪いのは明々白々なのに、先生を尊敬するどころかちょっとした嫌悪感すら抱いていたのだから逆恨みも甚だしい。しまいには、作曲家たちにまで心のなかで悪態をつく始末。ショパンも例外ではない。ピアノの詩人?繊細で可憐?こっちは『子犬のワルツ』を耳にするたび、掌にじんわり汗がにじんでくるっていうのに……。

だから、ショパンに惹かれるようになったのは、ずいぶんと時間が経った大人になってからのことだ。リストとも恋人関係にあった恋多き女性ジョルジュ・サンドとショパンが恋に落ちたという、子どものときには知らなかった事実はとりわけ魅力的なエピソードだった。彼女と付き合っていた時期は、多くの作品を生み出したショパンの黄金時代ともいわれている。『子犬のワルツ』は、サンドが飼っていた子犬が自分の尾を追ってくるくると回る様子を見て書いた曲だという話を知っていたら、私はもっと違った気持ちで練習にのぞんでいたかもしれない。
さて、ショパンは、39年という短い人生のなかでヨーロッパのあちこちを移動している。生地であるポーランドのジェラゾヴァ・ヴォラから20歳まで過ごしたワルシャワへ。音楽の都ウィーン、輝かしい成功を収めたパリ、そしてサンドと生活をともにしたスペインのマヨルカ島と中部フランスの村ノアン……。

20歳のときポーランドを離れたショパンは、二度と祖国の地を踏むことはできず、その遺志にしたがって家族によって心臓だけがポーランドに持ち帰られた。作曲家としても演奏家としても成功したショパンの後半生は、実は故郷や家族と遠くを離れた寂しさのなかにあり、その心には常に祖国への強い思いがあったのだと思う。ショパンが少年~青年期を過ごしたワルシャワを訪れてみたいと思った。

心臓が安置されている聖十字架教会をはじめとするショパンゆかりの教会の数々やショパン博物館。有名なショパン像があるワジェンキ公園では、ショパンの曲を演奏する屋外ピアノコンサートが行われていた。ショパン生誕200年にあたる2010年には、ゆかりの地に「ショパンのベンチ」が設置され、ボタンを押すと名曲が流れてくる。郊外のジェラゾヴァ・ヴォラまで足をのばせば、生家がたたずむ。

クラクフ郊外通りにある聖十字架教会 - Web音遊人

(写真左)ポーランドの首都ワルシャワにある聖十字架教会。王宮から南に延びるクラクフ郊外通りにある。(写真右)教会内の石柱の下に心臓が安置されている。

街中にショパンがあふれていたが、私がもっともショパンに思いを馳せたのは、世界遺産に登録されているワルシャワ歴史地区の旧市街マーケットプレイスに立ったときだった。
そこには、かつて「北のパリ」と呼ばれた中世の美しい街並みが広がっていた。しかし、これらはすべて第二次世界大戦後に復元されたものだ。
第二次世界大戦ではナチス・ドイツの侵攻によって、ワルシャワの街の約8割が瓦礫と化した。戦後、人々は残されたスケッチや風景画などをもとに、街の復元に着手したという。もともとのレンガや残った建物を再利用し、「レンガのひび割れひとつにいたるまで」取り戻したのだ。

世界遺産にも登録されているワルシャワ最古の歴史地区。戦後、街の復元には専門家のみならず一般市民も作業に従事した。 - Web音遊人

世界遺産にも登録されているワルシャワ最古の歴史地区。戦後、街の復元には専門家のみならず一般市民も従事した。

ポーランドには、周囲に翻弄されてきた苦難の歴史がある。ロシア、プロイセン、オーストリアの3国によって分割されたポーランドは、123年もの間、世界地図から姿を消してしまう。ショパンが故郷を出た1830年に起こったフランス7月革命はヨーロッパ各地に影響を与え、そのすぐ後にポーランドでもロシアからの独立のための反乱が起きた。知らせを聞いたショパンは、帰国して戦うことを望んだが、まわりの説得で断念してパリへ逃れ、そこで音楽活動を続けるのだ。そして、そのワルシャワ蜂起も失敗に終わり、主権回復の夢はついえてしまう。
旧市街に立っていると、ポーランドの人々の不屈の精神や矜持がまざまざと感じられた。時代は違えど、ショパン音楽の根源も、そこにあるような気がする。

神童と呼ばれたショパンは、わずか7歳で最初の作曲をした。それは、幼少のころから母が歌ってくれたポロネーズ。そして、亡くなる直前に書いたのはマズルカだったといわれている。ともにポーランドの文化に根づいた舞曲だ。そこに、祖国に対する強い思いや誇り、情熱が凝縮されているのだろう。
 
ゆかりの地をめぐる小さな旅を終え、あらためてショパンの曲を聴いてみた。聴きなれた『英雄ポロネーズ』や、ポーランドが独立に失敗したときに書いたといわれる『革命エチュード』……。名曲がまた違った響きで心に迫ってくる。

写真提供:ワルシャワ観光案内所
「ショパンのワルシャワ」http://ja.chopin.warsawtour.pl/

 

特集

古澤巌さん

今月の音遊人

今月の音遊人:古澤巌さん「ジャンルを問わず、父が聴かせてくれた音楽が今僕の血肉になっています」

20080views

KOBUDO-古武道-

音楽ライターの眼

異ジャンルトリオ「KOBUDO―古武道―」のアコースティック・コンサート/チェリスト・古川展生×ピアニスト・妹尾武×尺八奏者・藤原道山

2603views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

4689views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

28245views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13106views

西本龍太朗

オトノ仕事人

アーティスト・聴衆・新聞の交点に立つ/音楽記者の仕事

1012views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

14344views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7918views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21823views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:人を楽しませたい!それが4人の共通の思い

7779views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

9667views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28269views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

12105views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14619views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.15

3494views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

5296views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

10508views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

29074views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

10872views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

6083views

エレキベース

楽器のあれこれQ&A

エレキベースを始める前に知りたい5つの基本

10110views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8114views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35089views