Web音遊人(みゅーじん)

リッチー・コッツェン

リッチー・コッツェン、シンディ・ローパー、ガンダムを1本の線で繋いだ『哀 戦士・Z×R』

2025年4月下旬、シンディ・ローパーが来日公演を行った。“Girls Just Wanna Have Fun FAREWELL TOUR”と題されたこのツアーはタイトル通り、日本のファンにさよならを告げる最後の大規模なツアー。日本武道館3回公演が行われるなど、その人気の高さを窺わせた。

その1か月少し後、6月上旬にはリッチー・コッツェンの来日公演も行われる。Mr. BIGやポイズン、ザ・ワイナリー・ドッグス、そしてソロ・アーティストとして活躍する彼はそのギターとヴォーカルで絶大な支持を獲得。先日“サウンドガーデン再結成。シンガーはリッチー・コッツェン?”という噂が流れたときも「まあ、あるかもな……」と思わせた実力者だ(根拠のないデマだったようだ)。

そして現在、『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』が放映中だ。オリジナル・シリーズの世界観を一部踏襲しながら、新解釈と現代のアニメーション技術でリ・ボーンさせた本作は年季の入ったファンはもちろん、初めてガンダム・ワールドに入門する層からも高評価を得ている。

2025年の春に行われるという以外まったく共通項のないこの3つのイベントだが、実は1枚のアルバムによって繋がれている。それが『哀 戦士・Z×R』だ。

愛する者のために宇宙で戦死した彼らに捧げたい

2006年に発表されたこのアルバムは、リッチー・コッツェンが『機動戦士ガンダム』シリーズの楽曲をロック・カヴァーするという企画盤だ。初代TVシリーズの主題歌『翔べ!ガンダム』や『哀 戦士』『水の星へ愛をこめて』『Metamorphoze〜メタモルフォーゼ〜』などが大胆にハード・ロックにアレンジされている。リッチー自らが英語ヴォーカルで歌い、ギターのテクニカルなリード・プレイもふんだんにフィーチュアされるなど、アニソン・ファンも納得、独立したロック・アルバムとしてもクオリティの高い作品だった。

アルバム発売にあわせてリッチーは2006年3月、ザ・ローリング・ストーンズ日本公演のオープニング・アクトを務めており、事情を知らずに会場を訪れたストーンズ・ファンは、何だかリッチー・コッツェンが英語で『哀 戦士』を歌っているというシュールな光景を目撃することになった。

アルバムのプロモーションのためにリッチーは幾つかのインタビューを受けており、筆者(山﨑)も彼と話すことが出来た。

「志を持ちながら、強く激しく戦い、美しくも悲しく散った、戦士たち。(中略)このアルバムを、愛する者のために宇宙で戦死した彼らに捧げたい」とCDブックレットには記されている。「幾多の時代を駆け抜ける、白いモビルスーツの伝説を、ロックミュージックを通して世界に伝えたいと思った」という発言について聞いてみると、リッチーは微妙なスマイルを浮かべて「いやー日本のアニメはストーリーやキャラクターが複雑で興味深いねー」とか言っているので、ガチオタ勢ではなさそうなことが判明した。

(一応初代シリーズは「DVDで見た」そうである)

筆者はガンダム直撃世代ではあるのだが、日本に住んでいなかったこともあり、第1話をビデオで見た程度。「親父にもぶたれたことないのに!」「悲しいけどこれ戦争なのよね」などのセリフも情報として知っているだけなので、ディープな話をされたらどうしよう……と心配したのだが、杞憂に終わった。

ガンダムのことをよく知らず、実はすごく興味があるわけでもない2人が、それを口に出すことなくガンダムトークをするという不思議なインタビューだったが、なんとか約1時間の対話が成立してホッとした思い出がある。トリッキーなギター・プレイも難なくこなすリッチーだが、真っ正面からインタビューに応じる誠実さに、好感を抱いた経験だった。

ガンダムを知れば知るほど、その奥の深さ、複雑さが分かってしまった

実はこの『哀 戦士・Z×R』にはシンディ・ローパーが参加することになっていた。どうやら彼女は『哀 戦士』を歌う予定だったらしく、CDブックレットに封入されたインサート・シートにはこう記されている。

「私のバージョンの哀 戦士を完成させたかった……でもガンダムを知れば知るほど、その奥の深さ、複雑さが分かってしまったんです。本当にもっともっと時間が必要でした」

彼女の参加は各メディアで大々的に告知されたものでもなく、知らずにCDを買った人は何故かシンディ・ローパーに謝られてビックリするという不思議な経験をすることになった。

彼女は「この次に出るガンダムのCDにはぜひにと思っています」と誓ってくれているが、第2弾が出ることはなく、彼女の歌うガンダム・ソングを聴く機会は失われてしまった。

なおリッチーはアルバムにシンディが参加予定だったこと自体を知らず、「えっ本当?」と驚いていたことを付け加えておこう。

リッチーは2009年にはタマホームのTVCMソングでディープ・パープルの『紫の炎』を歌うなど、日本市場向けの仕事もこなしながら、ソロのシンガー/ギタリスト/ソングライターとして活動。近年ではアイアン・メイデンのエイドリアン・スミスとの双頭プロジェクト、スミス/コッツェンでアルバム『ブラック・ライト/ホワイト・ノイズ』(2025)を発表、2025年6月のソロとしての来日公演にも期待が高まる。

リッチー・コッツェン、シンディ・ローパー、ガンダムという3つの異なった個性が、日本企画の1本の線で繋がれた『哀 戦士・Z×R』。それから19年の月日を経て、彼らが再び日本で相まみえようとしている(本当に相まみえるわけではないが)。彼らもまたこの戦争で共に戦ってきた戦士なのだ。

■リッチー・コッツェン

詳細はこちら

関連サイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:川口千里さん「音楽があるから、ドラムをやっているから、たくさんの人に出会うことができて、積極的になれる」

9138views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.1

4194views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

20229views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

70866views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

14333views

アカネキカク akaneさん

オトノ仕事人

楽曲のイメージをもとに、ダンスの振りを考え、演出をする/振付師の仕事

3793views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

25624views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12396views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13450views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2797views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6599views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11748views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

9662views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

36923views

音楽ライターの眼

指揮界の革命児、クルレンツィスがベートーヴェン・イヤーに放つ衝撃的な「運命」

5361views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

21032views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

2795views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

7257views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

17112views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5400views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

25405views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8692views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34873views