今月の音遊人
今月の音遊人:林英哲さん「感情までを揺り動かす太鼓の力は、民族や国が違っても通じるものなんです」
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作品への深い洞察と愛情あふれる演奏で多くのファンを魅了するピアニスト、伊藤恵。ミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ部門で日本人初の優勝を飾ったのが1983年。以来、国内外のオーケストラとの共演、リサイタル、室内楽など、多彩な演奏活動を続けている。そんな伊藤に、愛する作曲家や演奏への思いを聞いた。
シューマンのピアノ作品全曲CDシリーズ『シューマニアーナ』の録音を開始したのが1987年。20年という歳月をかけて壮大なシリーズを完成し、続く2008年からの8年間はシューベルトのピアノ作品集(全6タイトル)をリリース。同時にリサイタルシリーズ「春をはこぶコンサート」にも8年連続で取り組み、シューマン、シューベルト、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ショパンなど、幅広いレパートリーを聴かせた。
20代の頃から抱いていたシューマンへの憧れ。本格的に取り組むきっかけとなったのは、ピアニスト井上直幸氏からの「瑞々しい感性や繊細さ、わき上がるような情熱のある若いときにしか弾けないものがある」という言葉だった。「シューマンは、たった一人の大切な人のために語りかけるような作品を書いた作曲家だと思います。それはロマン派の真髄と言えるかもしれませんね。彼の音楽には、何気ない日常にあるメルヘン、美しい詩的な世界といったものが感じられます」
同時に、シューベルトへの強い思いも抱き続けていた。10代の終わりにアルフレッド・ブレンデルの遺作3曲の演奏を聴き、「打たれたような衝撃と感動」を受けたのが出会い。ミュンヘン国際音楽コンクールで弾いたのもシューベルトのソナタ第19番だった。
「でも、自分の若さではシューベルトの孤独や悲しみ、希望と絶望、死を意識しながらも抱く生への憧れといった複雑に絡み合う心情を音にすることはできない、まだそこに自分はいない、と思いました」。作曲家と作品への深い畏敬の念から、人前では弾くことのなかったシューベルトを、円熟期を迎え「勇気をもって」弾こうと思い立った。
「シューベルトは別れを告げる音楽のように思います。みずからが世を去った後に自分の音楽を聴いてくれる人たちに贈る、宝のような音楽……。『さすらい人幻想曲』という作品がありますが、まさにシューベルト自身がさすらい人だったのかもしれません。どんなに辛く絶望しても、道ばたに咲く美しい花に心奪われ美と一体となる。そんな詩的エッセンスが、歌曲と同様、ピアノ音楽にもちりばめられていると思います」
長い年月をかけて一人の作曲家と向き合い、その世界を深めてきた今、「演奏は聴衆と1対1の心の交流」という境地に至った。
「会場の規模が2000人であっても100人であっても、ピアニストはたった一人のために弾くもの、と思っています。そして最終的には私が弾いていることを忘れて、聴いてくださる方それぞれが自由に音楽を感じてくださるのが理想ですね。そのために、全身全霊を傾けてもまだ足りないくらいです」
趣味は映画鑑賞や読書に加え、音楽会に行くこと、オペラ、バレエを観ること。
「歌手や踊り手が、細部にどのような神経の張りめぐらせ方をしているか、舞台に登場したときのオーラの秘密はどこにあるのか、といったことを思いながら観ています。楽譜にないことを察知するために、いろいろなものからファンタジーを得たいなと思っています。楽譜だけを見ていても何も浮かびませんからね」
2017年3月24日(金)にヤマハホールで開催されるリサイタルでは、シューマン『幻想小曲集』 、ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ 第30番』、シューベルト『ピアノ・ソナタ 第20番』を弾く。「ピアニッシモを一人一人に届けられるホール」で、伊藤恵の世界を心ゆくまで堪能したい。
日時:2017年3月24日(金)19:00開演(18:30開場)
場所:ヤマハホール(東京都中央区7-9-14 ヤマハ銀座ビル7F)
料金:5,000円(税込)
曲目:R.シューマン/幻想小曲集 Op.12、L.v.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 Op.109、F.シューベルト/ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D959
番組:「題名のない音楽会」
放送:テレビ朝日〔2016年12月11日(日)9:00~9:30予定〕
BS朝日〔2016年12月18日(日)23:00~23:30予定〕
共演:三ツ橋敬子(指揮)、神奈川フィルハーモニー管弦楽団
演奏曲目:クララ・シューマン「ピアノ協奏曲 イ短調」第1楽章より
文/ 芹澤一美
photo/ 阿部雄介
tagged: ヤマハホール, ピアニスト, CFX, 伊藤恵
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