Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#012 1960年代のジャズ乱世を予見した“短調の名作”~ケニー・ドーハム『静かなるケニー』編

前回の『ケリー・ブルー』編では触れられませんでしたけれど、日本のジャズ市場における“名盤”には、ジャズ喫茶と呼ばれる場所で支持されるという“変数”が加味され、それによってアメリカとは異なる評価になっているものが少なからずあります。

この『静かなるケニー』もそのひとつ。

リーダーのケニー・ドーハムは、1924年テキサス州生まれのトランペット奏者。10代後半から頭角を現わし、チャーリー・パーカーのバンドに参加したのは1948年、24歳のときでした。

余談ですが、ケニー・ドーハムより年下のマイルス・デイヴィス(1926年生まれ)は18歳でニューヨークへ出て来て、すでにチャーリー・パーカーのバンドで演奏するようになっていました。ケニー・ドーハムと入れ替わるようにチャーリー・パーカーのもとを離れたマイルス・デイヴィスは、ウエストコースト・ジャズを吸収してクール・ジャズの旗手として注目されます。

ケニー・ドーハムは、ビバップのオリジネーターであるチャーリー・パーカーのスタイルを継承して発展させたハード・バップの牽引役だったドラマーのマックス・ローチのバンドにクリフォード・ブラウン(1930年生まれ)の後釜として参加(1956年にクリフォード・ブラウンが交通事故で逝去したため)。同時期にアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズのメンバーとしても活躍する(こちらもクリフォード・ブラウンに替わっての参加)など、まさにハード・バップを代表するトランペッターとして引っ張りだこの人気者となります。

『静かなるケニー』は、そうした上り調子の時期に、“ハード・バップの”あるいは“ホーン・アンサンブルの”といったバンド目線ではなく、トランペット奏者としてのケニー・ドーハムにフォーカスして制作されたアルバムだと言えます。


Lotus Blossom / Kenny Dorham

アルバム概要

レコーディングは1959年11月で、リリースは1960年2月。

ケニー・ドーハムのワン・ホーンに、トミー・フラナガン(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)を加えたクァルテットで、オリジナル・リリースのLP盤には7曲、CDでリリースされる際に1曲が加えられています。

“静かなる(Quiet)”というアルバム・タイトルが示すように、ハード・バップでは特徴的な速いテンポで間を埋め尽くすタイプの曲はなく、いずれもミドル・テンポ以下でブルース・フィーリングにあふれた演奏が収められていることから、アメリカでは“マイナー・キー(短調)の名作”として高く評価されています。

冒頭で触れた、日本のジャズ喫茶で支持された背景にも、この哀愁を感じる曲調と速すぎないテンポが影響していると考えられます。

“名盤”の理由

ケニー・ドーハムというプレイヤーは、ハード・バップの真っ只中にいてそれを代表する活躍を見せながら、そのサウンドとプレイ・スタイルはハード・バップを印象付けるものではなかったということが、彼の48年という決して長くはない人生で遺された音源からも伝わってきます。

そのなかでも本作は、ロマンティックにメロディを装飾しすぎることもなく、音を羅列することで曲を支配しようとすることもなく、前述のマイルス・デイヴィスとは異なるテイストの“クールさ”をジャズに持ち込んで次代につなげたことが“見えやすい”内容になっていると思います。

特に1曲目(LP盤ならA面最初の曲)のケニー・ドーハム作曲『ロータス・ブロッサム』は人気が高く、6拍子のトップ・シンバルの金属音に低いベースが重なり、中音域のトランペットでテーマが「見えた!」と思う間もなくフォー・ビートに転じ、ハード・バップの香りを漂わせながらもアドリブに偏りすぎることなく曲全体をまとめていく“切り返し”の見事さ。ここは、何度聴いてもホレボレしてしまうのです。

そんな緻密さがあるからこそ、長く“名盤”として親しまれてきたのでしょう。

いま聴くべきポイント

略歴で気づかれたかもしれませんが、ケニー・ドーハムは当時のジャズ・シーンにおいてトップ・クラスにいたことは間違いないけれど、決して先陣を切って業績をあげたり注目を浴びたりするタイプだったとは言えません。

とはいえ、先人の足跡を忠実になぞるようなイミテーションでなかったことも確かでしょう。『静かなるケニー』がリリースされた1960年以降のジャズ・シーンは、ハード・バップを核としてファンキー・ジャズ、ジャズ・ロック、ラテン・ジャズ……と細分化する時代に突入します。

それはつまり、サックスならチャーリー・パーカー、トランペットならディジー・ガレスピーといったような、オリジネーターと呼ばれる求心力のある個性に集約されていったそれまでとは違い、個性ごとの差異を活かしたジャズに分かれていく時代になったことを意味します。

ケニー・ドーハムが備えていた資質は、ハード・バップの先陣として据えるにはピッタリだったとは言えないのかもしれません。

しかし、この『静かなるケニー』で示されたような柔軟で豊かな表現が、リアルタイムの空気感を反映しようとしたものではなく、ジャズが細分化していく1960年代を予見した実験ゆえのものだったと考えれば、ケニー・ドーハムという存在は“実戦の先陣”として捉えるのではなく、“時代を先駆ける人”とするべきではないでしょうか。

そうした気配を感じたからこそ、日本のジャズ喫茶では本作をオーソドックスなハード・バップ作品群とは別格なものとして扱い、愛し続けたのだと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:H ZETT Mさん

今月の音遊人

今月の音遊人:H ZETT Mさん「音楽は目に見えないですが、その存在感たるやすごいなと思います」

32781views

音楽ライターの眼

[ジャズの“名盤”ってナンだ?]#055 ハード・バップっぽさを消すことで得たジャズのポピュラリティ~クリフォード・ブラウン『クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス』編

885views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

23779views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

61607views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8416views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

8608views

福岡市民ホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール

433views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10276views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

24996views

ざぶとんず

われら音遊人

われら音遊人:本家ディアマンテスが認めた 力強く、心躍るサウンド!

1071views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

6138views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28115views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9440views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11579views

音楽ライターの眼

戦争の苦境、郷愁誘う希望の光/小菅優&佐藤俊介デュオ・リサイタル「第一次世界大戦とクラシック音楽~作曲家に想いを馳せて~」

2596views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

21028views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2105views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

47207views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

17578views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7903views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

64397views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

16871views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11745views