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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#012 1960年代のジャズ乱世を予見した“短調の名作”~ケニー・ドーハム『静かなるケニー』編
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2023.5.8
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?
前回の『ケリー・ブルー』編では触れられませんでしたけれど、日本のジャズ市場における“名盤”には、ジャズ喫茶と呼ばれる場所で支持されるという“変数”が加味され、それによってアメリカとは異なる評価になっているものが少なからずあります。
この『静かなるケニー』もそのひとつ。
リーダーのケニー・ドーハムは、1924年テキサス州生まれのトランペット奏者。10代後半から頭角を現わし、チャーリー・パーカーのバンドに参加したのは1948年、24歳のときでした。
余談ですが、ケニー・ドーハムより年下のマイルス・デイヴィス(1926年生まれ)は18歳でニューヨークへ出て来て、すでにチャーリー・パーカーのバンドで演奏するようになっていました。ケニー・ドーハムと入れ替わるようにチャーリー・パーカーのもとを離れたマイルス・デイヴィスは、ウエストコースト・ジャズを吸収してクール・ジャズの旗手として注目されます。
ケニー・ドーハムは、ビバップのオリジネーターであるチャーリー・パーカーのスタイルを継承して発展させたハード・バップの牽引役だったドラマーのマックス・ローチのバンドにクリフォード・ブラウン(1930年生まれ)の後釜として参加(1956年にクリフォード・ブラウンが交通事故で逝去したため)。同時期にアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズのメンバーとしても活躍する(こちらもクリフォード・ブラウンに替わっての参加)など、まさにハード・バップを代表するトランペッターとして引っ張りだこの人気者となります。
『静かなるケニー』は、そうした上り調子の時期に、“ハード・バップの”あるいは“ホーン・アンサンブルの”といったバンド目線ではなく、トランペット奏者としてのケニー・ドーハムにフォーカスして制作されたアルバムだと言えます。
レコーディングは1959年11月で、リリースは1960年2月。
ケニー・ドーハムのワン・ホーンに、トミー・フラナガン(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)を加えたクァルテットで、オリジナル・リリースのLP盤には7曲、CDでリリースされる際に1曲が加えられています。
“静かなる(Quiet)”というアルバム・タイトルが示すように、ハード・バップでは特徴的な速いテンポで間を埋め尽くすタイプの曲はなく、いずれもミドル・テンポ以下でブルース・フィーリングにあふれた演奏が収められていることから、アメリカでは“マイナー・キー(短調)の名作”として高く評価されています。
冒頭で触れた、日本のジャズ喫茶で支持された背景にも、この哀愁を感じる曲調と速すぎないテンポが影響していると考えられます。
ケニー・ドーハムというプレイヤーは、ハード・バップの真っ只中にいてそれを代表する活躍を見せながら、そのサウンドとプレイ・スタイルはハード・バップを印象付けるものではなかったということが、彼の48年という決して長くはない人生で遺された音源からも伝わってきます。
そのなかでも本作は、ロマンティックにメロディを装飾しすぎることもなく、音を羅列することで曲を支配しようとすることもなく、前述のマイルス・デイヴィスとは異なるテイストの“クールさ”をジャズに持ち込んで次代につなげたことが“見えやすい”内容になっていると思います。
特に1曲目(LP盤ならA面最初の曲)のケニー・ドーハム作曲『ロータス・ブロッサム』は人気が高く、6拍子のトップ・シンバルの金属音に低いベースが重なり、中音域のトランペットでテーマが「見えた!」と思う間もなくフォー・ビートに転じ、ハード・バップの香りを漂わせながらもアドリブに偏りすぎることなく曲全体をまとめていく“切り返し”の見事さ。ここは、何度聴いてもホレボレしてしまうのです。
そんな緻密さがあるからこそ、長く“名盤”として親しまれてきたのでしょう。
略歴で気づかれたかもしれませんが、ケニー・ドーハムは当時のジャズ・シーンにおいてトップ・クラスにいたことは間違いないけれど、決して先陣を切って業績をあげたり注目を浴びたりするタイプだったとは言えません。
とはいえ、先人の足跡を忠実になぞるようなイミテーションでなかったことも確かでしょう。『静かなるケニー』がリリースされた1960年以降のジャズ・シーンは、ハード・バップを核としてファンキー・ジャズ、ジャズ・ロック、ラテン・ジャズ……と細分化する時代に突入します。
それはつまり、サックスならチャーリー・パーカー、トランペットならディジー・ガレスピーといったような、オリジネーターと呼ばれる求心力のある個性に集約されていったそれまでとは違い、個性ごとの差異を活かしたジャズに分かれていく時代になったことを意味します。
ケニー・ドーハムが備えていた資質は、ハード・バップの先陣として据えるにはピッタリだったとは言えないのかもしれません。
しかし、この『静かなるケニー』で示されたような柔軟で豊かな表現が、リアルタイムの空気感を反映しようとしたものではなく、ジャズが細分化していく1960年代を予見した実験ゆえのものだったと考えれば、ケニー・ドーハムという存在は“実戦の先陣”として捉えるのではなく、“時代を先駆ける人”とするべきではないでしょうか。
そうした気配を感じたからこそ、日本のジャズ喫茶では本作をオーソドックスなハード・バップ作品群とは別格なものとして扱い、愛し続けたのだと思います。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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