今月の音遊人
今月の音遊人:神保彰さん「音楽によって、人生に大きな広がりを獲得できたと思います」
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新たな音を生み出して音で空間を表現する/サウンド・スペース・コンポーザーの仕事
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2019.11.28
tagged: オトノ仕事人, 井出祐昭, サウンド・スペース・コンポーザー
都内にある「井出 音 研究所」を訪れると、本格的な音響機材から子ども向けのおもちゃまで、音の実験道具であふれていた。「おもしろい物がいっぱいあるでしょ」と、井出 音 研究所 所長であり“サウンド・スペース・コンポーザー”の井出祐昭さんは話す。遊び心満載のオフィスで生まれるのは、今までにない新たな音。商業施設やプラネタリウム、映画館など、日常のさまざまな空間にマッチするように音をプロデュースするのが、井出さんの仕事だ。
「例えば光と音を比べたとき、“光”という言葉を聞くと、未来的な印象で捉える人が多いかと思います。反対に“音”という言葉は、少し古めのものをイメージすると思うんです。そうではなく、“音”という言葉を聞いたとき、そのなかに“未来”の要素を含ませていくこと。これが“サウンド・スペース・コンポーザー”の役割であり、僕の使命だと思いながら、音に向き合い続けてきました」
そうした自身の役割を感じるようになったきっかけは、JR東日本の新宿駅と渋谷駅の発車メロディを開発したことからだという。かつて使われていた発車ベルは、焦りをもたらすような響きの音だった。そこで井出さんは、「人の気持ちに寄り添い、聴いた人の気分を良い方向に変える」ことを指針とし、従来の発車ベルの音から、ピアノや鐘の音をベースにした美しさにハッとするメロディを生み出した。音の新たな一面が誕生した瞬間だった。今では多くの駅で導入され、発車メロディは私たちの日常に当たり前のものとして存在している。
井出さんが最も力を注いでいるのが医療の分野だという。1999年、ヒューストンにある「MDアンダーソンキャンサーセンター」に2年半通い、がん治療にまつわる苦痛軽減に取り組む世界的なチームとともに研究を重ねた。治療の際に起こる苦痛や、心因性の病は、薬や手術などの物理療法で解決しないことが多い。そこで井出さんの生み出す音に“代替医療”としての可能性が見出されたのだ。
研究の中で井出さんが開発したのは、その場にいながら空間移動ができる「立体音響システム」。このシステムは、室内の八方向に設置されたスピーカーから音が流れる仕組みになっている。実際に聴いてみると、足元からは波の音が聴こえ、後方からは海鳥の鳴き声がする。音だけで、まるでリゾートビーチにいる感覚だ。こうした音がシチュエーションを変えていくつかあり、聴いた人が旅に出たかのような気分になれる。
「私たちもつらい出来事があったら、まじめに向き合おうとしてもそう簡単には解決しませんよね。そういうときは旅行をすると一旦忘れたりしますよね?それと同じように、音響システムを使って、患者さんにビーチや森林などの別の空間にいる気分になってもらい、ストレスが軽減するかを観察していきました。実際に使った患者さんは、表情が和らいで恐怖感がなくなっていくようでした。それを見て、やはり音楽の力ってすごいなと。音楽が心を癒す効果を目の当たりにできました」
この経験を踏まえて、2013年に、ストレス軽減を目的に「佐賀県医療センター好生館」の待合ロビーで流す音を一からつくりあげた。そのときに井出さんがヒントとしたのは、人間の体内で細胞の死や新生をつかさどる“アポトーシス”という現象だ。
「アポトーシスの現象の動きを数値化し、音符に変換してみたんです。すると、ちゃんと音楽になっているんですよ」
その音楽は体の内側に染みわたるような音色で、既存のBGMでは感じることのできないものだった。“新生”を意味するアポトーシスの名のとおり、病院を訪れる人の心の重石が溶けて、前を向けるような音、心のなかに未来の光が差し込むような音が生みだされたのだ。この取り組みは各方面からも注目され、全国メディアでも紹介された。
幼少期から、演奏する人によって音が変わるのはなぜかということを考えていた井出さん。その結果、「心」に関係があるのではないかと気づいたという。
「例えばコンサートに行くと、演奏者も観客も感動する瞬間がありますよね。単純に音を鳴らすだけでは感動は起こらないはずです。互いの想いがエネルギーとして空気振動に乗って、心から心に届けられるというのが、音を介して感動するメカニズムなんだと考えています」
音楽ははるか昔から、歴史上のどの時代、どの国にもあり、人の心を癒やしてきた。
「人の生涯よりもはるかに長い間存在するものです。だから僕は、音楽に関わることを一生の仕事としてやるに応えるものだと思ったんです」
そして、“音の未来”についても語ってくれた。
「万葉集に“幽けき(かそけき)”という言葉があります。『今にも消えてしまいそうなほどかすかな様子』という意味です。静寂のなかにも、音を感じる言葉ですよね。“音の未来”を考えたときに、日本人のそうした繊細な感覚や、“無音”や“間”を大切にしてきた感性で、日本人なりの音楽ができていくのではないかと思っています。実際に音はないけれども、感動や感激が起こるような。これが僕の想像する“音の未来”のひとつです。あとは、音楽を聴いて心が解放されることによって免疫力が上がるとか。言葉が通じなくても心が通じることがあるように、音がコミュニケーションツールとして働いたり。そうしたことが本当にできたらいいなと思いますね」
世の中にはすでに多くの音や音楽があふれているが、それでもなお、井出さんは新たな可能性を探る。井出さんが生み出す“音の未来”に期待するとともに、私たちも日常から新たな発見をしていきたい。音の可能性はまだまだ無限大だ。
Q.子どもの頃になりたかった職業は?
A.漠然と、音楽の仕事に就きたいと思っていました。幼少期から音楽に触れられる環境にあり、家にSP盤というレコードがたくさんあったので、それを聴いていました。子どもなので、投げて遊んだりもしましたが(笑)。学生時代に器楽部に入っていた影響も大きいですね。
Q.音楽に関わる仕事ではなかったら何をされていましたか?
A.おそらく建築の仕事をしていたと思います。今も音をどう組み立てて形にするかという点で、建築と同じことをしているので。あとは、今医療に関わっているということから、なれるかどうかは別として、医者も考えられますね。
Q.好きな音楽を教えてください。
A.1970〜80年代のジャズが好きです。ウェザー・リポートとか、マイルス・デイヴィスあたりですね。あとは、グスタフ・マーラーやハイドンなどのクラシックの曲を毎日のように聴いています。とくにマーラーの10番は、人生の最後に聴きたいくらい好きです。
Q.休日はどう過ごされていますか?
A.サックスの練習が30%くらいで、あとは猫と遊んでいます。それと、散歩も好きでよくしています。音楽を聴きながらではなく、ふつうに散歩することで、実はいろいろな情報が感覚に入ってくるんですよ。
Q.日常の中で取り入れられる、音を使った癒しの方法はありますか?
A.小さなスピーカーを部屋の隅に向けて壁に当てるように置き、ゆったりとした曲をできるだけ小さい音で流してみてください。そうすると、音が床や壁に反射して部屋の中で充満するんです。音を耳で聴いているというよりも、体で感じるような感覚になれます。あとは、お風呂に入るときに、防水スピーカーを窓に向け、波の音や鳥の声などの自然の音を流してみてください。お風呂場だと音が反響しますので、外から自然の音が入ってくるように感じられます。露天風呂に浸かっている気分になりますよ。
文/ 清水由香利(RUNS)
photo/ 布施鮎美(1、4枚目)
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