ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.6

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ジャズとデュオの新たな関係性を考える
音楽ライターの眼
ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.6

ヴォーカルというポジションでデュオが成立するのか否かを論じるときに違和感があるのは、“ヴォーカルと楽器によるデュオ”が自己矛盾をはらんでいるからのようだ。

というのも、ヴォーカルは最強のフロント・ポジションであり、そこに付随する楽器のすべてを(あるいは同じヴォーカルのコーラスであっても)“伴奏”という従属的な関係性に置いてしまうことができるから。

ということは、ヴォーカルによるデュオを成立させるためには、それを従属的な関係性にしない理由(コンセプション)と、ヴォーカリストとデュオ相手の双方に“デュオである意識”が必要になる。

それを踏まえて、2015~16年あたりにリリースされた、ボクが気になっていたアルバムを今回と次回の2回に分けて紹介したい。

『Duo two』高樹レイ with 伊藤志宏
『Duo two』高樹レイ with 伊藤志宏

1999年にファースト・アルバム『Now Hear This!!』をリリースした高樹レイは、国内だけでなくヨーロッパを舞台にした積極的な活動で実績を積んでいる、アグレッシヴな女性ジャズ・ヴォーカリストだ。

2000年代前半からウィーンの老舗ジャズクラブ“ジャズランド”で定期的にライヴを開催し、日本人アーティストとして初めて“ジャズランド”でのライヴ・レコーディングを敢行するなど、バラードの上手い歌手というだけでは収まらない“爪痕”を残していた彼女ではあったが、ボクがなによりも驚いたのは2013年にリリースされた彼女の5枚目のアルバム『Two Voices』だった。

日本のスピリチュアル・ジャズを代表するサックス&フルート奏者の竹内直と組んだこのアルバムは、それまでのジャズ・ヴォーカルの概念を変えるような衝撃的な仕上がりで、実のところそれ以降にボクのなかのデュオに対する考え方が変わって(揺らいで)いたと言っても過言ではない。

レコ発のステージでは、実験的なデュオのパートだけでなく、オーソドックスにクァルテットをバックにスタンダードを歌うという二面的な構成だったことを覚えている。それはすなわち、当時はまだこの革新的なデュオのコンセプションだけでリスナーを納得させるまでの環境が整っていなかったことを示すものと言っていいだろう。要するにリスナーがヴォーカルとサックスのデュオだけのステージを観たらビックリして拒否反応を示すかもしれないという忖度があったわけだ。

しかし高樹レイはそれに懲りず、2015年から“Duoシリーズ”という作品を作り始める。最初にリリースしたのは、日本ジャズ界のレジェンド・ギタリストである中牟礼貞則との『Duo one』。続いて2016年のリリースがこの『Duo two』だ。

『Duo one』は、中牟礼貞則の包容力を活かした“一体感”が前面に出ていると感じる内容に仕上がっていた。それはすなわち2人の距離の近さによるもので、その距離感こそが前代未聞のデュオだったのだけれど、あまりにも中牟礼貞則の“受け身”が卓越しすぎて、そこで歌っている高樹レイの気持ちよさそうな波動が“前代未聞性”をぼかしてしまった印象が否めない。

それに対して『Duo two』では、気鋭のピアニストである伊藤志宏を相手に、前作とは違うポジショニングで歌おうとしているヴォーカリストの姿が浮かび上がった。

単純に“違い”を述べるとすれば、歌とその伴奏という先入観を捨ててヴォーカルとピアノが向かい合うということだろうか。距離感という意味では、離れたり近づいたりすることになる。

通常、ヴォーカル・ナンバーは32小節というような“枠”がしっかり決められていて、そのなかで歌詞を咀嚼しながら声という個性を混ぜ合わせて作品を作り上げていくことになる。

したがって、どうしても器楽合奏的な発想は優先順位が下がり、“ジャズ的な自由度”は薄れざるをえない。

もちろんそれは、器楽合奏的な発想を優先して自由なジャズ演奏のなかで“歌を歌う”ということにかなりの困難を伴うこともあるからなのだが。

一般的に、ヴォーカリストとしては体裁を整えることができれば=歌がうまく歌えるのであれば、あえて“ジャズ的な自由度”に固執しなくても、いや、むしろしないほうが“気持ちいい”はずなのだ。

だから高樹レイの『Duo two』での決断は、ジャズ・ヴォーカルに“ケンカを売った”に等しいものなのだ。

では、どこに“ジャズの自由度”が優先されているのかと言えば、ピアノがヴォーカルの都合に遮られることなく流れを作っているところに最も表われている。

伊藤志宏のピアノの大きな魅力は、その奔放な胎動だと思っている。静かな湖面が徐々に波立ち、大きなうねりになって、周囲の演奏者もリスナーも一緒くたに巻き込んでいくのだ。

それが、ブリッジの8小節だけは(譜面にないことを)自由に弾いてもいいですよというようなヴォーカル・ナンバーのセオリーに縛られた状態だと、持ち味どころか彼である意味が失われてしまう。

そのジレンマを掻き消したのが、高樹レイの“決断”だったということになる。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち