Web音遊人(みゅーじん)

『ヤマハのオト〜奏でる匠のオト〜Ⅲ』アルバムレヴュー

2020年3月1日に東京・赤坂のサントリーホールで予定されていた、ヤマハ吹奏楽団の公演が流れてしまった。

「奏でる匠のオト」と題された今回の公演は、ヤマハ吹奏楽団の創立60年を祝う記念すべきステージだっただけに中止はとても残念だが、新型コロナウイルス感染症が猛威をふるう最中なだけに諦めるしかない。

とは言いながら、ボクは諦め悪くこのところ、ヤマハ吹奏楽団(指揮:須川展也)『ヤマハのオト〜奏でる匠のオト〜Ⅲ』をハードローテーションで聴いている。

そこで今回は、連載「ジャズ事始め」をちょっとお休みして、このアルバムのディスク・レヴューで公演中止の無念を晴らしてみたい。

ノンプロのエキスパート集団が紡ぎ出す吹奏楽の未来

まず、ヤマハ吹奏楽団を紹介しよう。

1961年創立のこの楽団、ヤマハ株式会社およびグループ会社の従業員によって構成される、いわゆる“職場バンド”である。

だが、“演奏のプロ”でこそないものの、楽器メーカーに勤め、楽器製作に携わる者も多いとあれば、趣味の域をかなり超越していることは説明するまでもないだろう。

その証拠に、ヤマハ吹奏楽団は定期コンサートの開催や吹奏楽コンクールでの受賞歴だけでなく、アルバムもリリースしていて、手もとには『ヤマハのオト〜奏でる匠のオト〜Ⅲ』のほかにこのシリーズのⅠ(2015年リリース)とⅡ(2017年リリース)もある。

2019年にリリースされたⅢは、4楽章からなる大作「交響曲第3番『四季連禱』」(作曲:長生淳)、挾間美帆への委嘱作品「Planned Work」、「ファインディング・お江戸日本橋」(作曲:天野正道)、シンフォニック・メドレーの「美女と野獣」と「アラジン」(作曲:A.メンケン、編曲:三浦秀秋)、「デリー地方のアイルランド民謡(ロンドンデリーの歌)」(作曲: P.グレインジャー)というラインナップ。

吹奏楽団にとって交響曲に挑むことがどれほどのことかは想像するしかないのだけれど、「四季連禱」では元々4つの独立した楽曲を繋いだ作者の想いを反映しながら、吹奏楽ならではの楽器による表情豊かな“声”が、日本ならではの四季の情感を伝えてくれる。

2020年のグラミー賞ノミネートでも注目を浴びたジャズ作曲家・挾間美帆への委嘱作品(2017年)の収録も見逃せない。交響詩を意識した内容は「ラプソディ・イン・ブルー」へのオマージュにあふれ、ラージ・アンサンブルだけではもの足りなく感じていた彼女の作曲の振り幅をうまく広げたという印象だ。

振り幅という意味では、“硬軟”の“軟”である“日本らしさ”や“和楽器を洋楽器で表現する柔軟性”という、この吹奏楽団ならではの特色をよく表わしているのが「ファインディング・お江戸日本橋」だろう。“俗”でなければ成り立たないこの曲のテーマを、センス良く仕上げる力量こそ、この吹奏楽団の真骨頂なのではなかろうか。

アルバム後半は、耳なじみのあるメロディを用いたメドレー仕立てで構成。“吹奏楽を聴く心地よさや楽しさ”は、こういうレパートリーがあってこそ。

前半は手に汗を握る展開、後半はリラックスしてゆったりと──これはまるでコンサートそのものではないかと、聴き直すたびにそう感じるのがこのアルバム。それだけに公演中止がますます残念になってしまう。

加えて、2007年から5代目の常任指揮者を務める世界的サックス奏者の須川展也が2020年12月をもって退任というアナウンスがあり、6月に浜松での定期公演は予定されているものの、“吹き振り”の勇姿を観る機会がなくなってしまったのも気になるところ。

それはともかく、人間でいえば“還暦”を迎え、サステイナブルでエキスパート揃いの吹奏楽団が担うべき役割がますます重くなったことを伝えてくれるのが、このアルバムだと言えるだろう。

■アルバムインフォメーション

『ヤマハのオト ~奏でる匠のオト~Ⅲ』
発売元:ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2019年9月25日
料金:2,700円(税抜)
詳細はこちら

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

坂本龍一さん

今月の音遊人

【プレゼント】今月の音遊人:坂本龍一さん「かつて観たテレビアニメの物語は忘れたけど、主題歌は鮮明に覚えている。音楽の力ってすごいよね」

13566views

音楽ライターの眼

連載36[ジャズ事始め]アート・ブレイキーの誘いを断わった佐藤允彦の胸に去来していた想いとは?

1728views

reface

楽器探訪 Anothertake

コンパクトなボディに優れた操作性が溶け込んだデザイン

4879views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

41903views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

6478views

重田克美

オトノ仕事人

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

7303views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

10912views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

7222views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

18988views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

612views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

4731views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

7967views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

11903views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

25415views

音楽ライターの眼

憧れが魅力に昇華するまで……その軌跡を辿る音楽旅/飯森範親と辿る芸術 Vol.4 ~ピアノの名手ベートーヴェンが描いた弦楽器の世界~

1272views

オトノ仕事人

コンピュータを駆使して、ステージのサウンドをデザインする/ライブマニピュレーターの仕事

1471views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

8535views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

5516views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

6918views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

4711views

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

楽器のあれこれQ&A

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

35047views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

10888views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

7967views