Web音遊人(みゅーじん)

壷阪健登

ジャズの新時代を拓く瑞々しいリリシズム/壷阪健登ソロ・ピアノ・コンサート“Departure”

瑞々しいリリシズムだ。ジャズの新時代を拓く若手ピアニストが登場した。2023年11月18日、ヤマハホールで開かれた「壷阪健登ソロ・ピアノ・コンサート“Departure”」。即興演奏や数々の自作は抒情とロマンにあふれ、新鮮で若々しい。しかもデビューアルバムがこれからとは思えないほどの熟成ぶり。壷阪健登と共に聴き手はジャズの未来を発見していく。

壷阪のソロ公演は2023年から始めてこれが3回目。確信を持った堂々とした弾きぶり、自らが創造する音楽への没入感は、たったの3回目とは思えない。華奢な体を自由に揺らし、時には口ずさみながら、疎らな和音とリズムから美しい旋律へ、ハーモニーへと音を紡いでいく。心から愛する響きと向き合い、夢のような音楽が自然に湧き上がってくるかのようだ。

限りなく自由な創意へのエール

1曲目は即興演奏を経て壷阪の自作『With Time』。感傷的な分散和音から立ち現れる抒情的な旋律、劇的な展開。ピアノの音色は柔らかく滑らかだが、重厚な場面もあり、豊かな表情を見せる。スタンダードナンバーの『グッド・モーニング・ハートエイク』、三木たかし作曲『ともだちはいいもんだ』へと、音の一つひとつを大切にし、楽しみながら奏でていく。

壷阪健登

4曲目『こどもの樹』も自作。東京の青山学院大学の向かいにある岡本太郎のモニュメント「こどもの樹」から発想を得て作曲した。「子供たちが個性的であってほしい」との願いを込めた。膝を叩いて足踏みし、ブルース風の曲が次第に激しくなり、ストラヴィンスキーの『春の祭典』を思わせるリズムの爆発が起きる。限りなく自由な創意へのエールのようだ。

壷阪の高い完成度は背景を知れば納得する。慶應義塾大学を卒業後、渡米し、2019年バークリー音楽大学を首席卒業。ピアニストの小曽根真が若手演奏家を世界に紹介するプロジェクト「From OZONE till Dawn」のメンバーの一人となった。2023年にはスペインのサン・セバスチャン国際ジャズ・フェスティバルでもソロ出演し、世界から注目を浴びている。

壷阪健登

熟成した新ロスト・ジェネレーション

「失われた世代ね、あなたたちは」とはヘミングウェイの小説「日はまた昇る」の巻頭句に使われた米詩人ガートルード・スタインの言葉。小曽根をスタインのようなリーダーだとすれば、壷阪ら「From OZONE till Dawn」の若手演奏家は、大戦ではないが、新型コロナウイルス禍の影響を被った新ロスト・ジェネレーション。ライブ困難期に彼らは熟成した。

後半はいよいよ壷阪ワールド全開。この日のための新曲『デパーチャー(Departure)』は『枯葉』のようなバラードで、ショパンの風味さえある。晩秋に似合うロマンティックな曲想。公演後、壷阪に好きな音楽を聞いたら、ブラームス、シューベルト、キース・ジャレットなどを挙げてくれた。ジャズだけでなくクラシックも聴き込んでいることが分かる曲作りだ。

壷阪健登

カーペンターズの『シング』でポップな旋律を印象付けた後、締めは自作の3曲。『暮らす喜び』ではシンプルなテーマを自在に発展させる変奏の妙を聴かせた。『Solace』では静かな中での間の取り方にシューベルトのピアノソナタを思わせるセンスがあった。最後を飾ったのはデュナーミクの大きな『Kirari』。今後のライブとデビューアルバムに期待したい。

壷阪健登

 

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

photo/ Takako Miyachi

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

大江千里 さん- 今月の音遊人 

今月の音遊人

今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」

17207views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#035 既存ジャズのセオリーを打ち破って生まれたヒーリング・ミュージック~チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』編

657views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカを進化させる「クリップ」が誕生

17023views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

747views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8517views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

13323views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7321views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9005views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22816views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

10945views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4987views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25584views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7877views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

22886views

音楽ライターの眼

自分好みの“AIコルトレーン”はジャズの発展に寄与するのか?

2505views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

25467views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

1319views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10711views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

5563views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

22953views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7658views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25584views