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今月の音遊人:實川風さん「音楽は過ぎ去る時間を特別な非日常に変えるパワーを持っていると思います」
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ジャズの新時代を拓く瑞々しいリリシズム/壷阪健登ソロ・ピアノ・コンサート“Departure”
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2024.1.22
瑞々しいリリシズムだ。ジャズの新時代を拓く若手ピアニストが登場した。2023年11月18日、ヤマハホールで開かれた「壷阪健登ソロ・ピアノ・コンサート“Departure”」。即興演奏や数々の自作は抒情とロマンにあふれ、新鮮で若々しい。しかもデビューアルバムがこれからとは思えないほどの熟成ぶり。壷阪健登と共に聴き手はジャズの未来を発見していく。
壷阪のソロ公演は2023年から始めてこれが3回目。確信を持った堂々とした弾きぶり、自らが創造する音楽への没入感は、たったの3回目とは思えない。華奢な体を自由に揺らし、時には口ずさみながら、疎らな和音とリズムから美しい旋律へ、ハーモニーへと音を紡いでいく。心から愛する響きと向き合い、夢のような音楽が自然に湧き上がってくるかのようだ。
1曲目は即興演奏を経て壷阪の自作『With Time』。感傷的な分散和音から立ち現れる抒情的な旋律、劇的な展開。ピアノの音色は柔らかく滑らかだが、重厚な場面もあり、豊かな表情を見せる。スタンダードナンバーの『グッド・モーニング・ハートエイク』、三木たかし作曲『ともだちはいいもんだ』へと、音の一つひとつを大切にし、楽しみながら奏でていく。
4曲目『こどもの樹』も自作。東京の青山学院大学の向かいにある岡本太郎のモニュメント「こどもの樹」から発想を得て作曲した。「子供たちが個性的であってほしい」との願いを込めた。膝を叩いて足踏みし、ブルース風の曲が次第に激しくなり、ストラヴィンスキーの『春の祭典』を思わせるリズムの爆発が起きる。限りなく自由な創意へのエールのようだ。
壷阪の高い完成度は背景を知れば納得する。慶應義塾大学を卒業後、渡米し、2019年バークリー音楽大学を首席卒業。ピアニストの小曽根真が若手演奏家を世界に紹介するプロジェクト「From OZONE till Dawn」のメンバーの一人となった。2023年にはスペインのサン・セバスチャン国際ジャズ・フェスティバルでもソロ出演し、世界から注目を浴びている。
「失われた世代ね、あなたたちは」とはヘミングウェイの小説「日はまた昇る」の巻頭句に使われた米詩人ガートルード・スタインの言葉。小曽根をスタインのようなリーダーだとすれば、壷阪ら「From OZONE till Dawn」の若手演奏家は、大戦ではないが、新型コロナウイルス禍の影響を被った新ロスト・ジェネレーション。ライブ困難期に彼らは熟成した。
後半はいよいよ壷阪ワールド全開。この日のための新曲『デパーチャー(Departure)』は『枯葉』のようなバラードで、ショパンの風味さえある。晩秋に似合うロマンティックな曲想。公演後、壷阪に好きな音楽を聞いたら、ブラームス、シューベルト、キース・ジャレットなどを挙げてくれた。ジャズだけでなくクラシックも聴き込んでいることが分かる曲作りだ。
カーペンターズの『シング』でポップな旋律を印象付けた後、締めは自作の3曲。『暮らす喜び』ではシンプルなテーマを自在に発展させる変奏の妙を聴かせた。『Solace』では静かな中での間の取り方にシューベルトのピアノソナタを思わせるセンスがあった。最後を飾ったのはデュナーミクの大きな『Kirari』。今後のライブとデビューアルバムに期待したい。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Takako Miyachi
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tagged: ヤマハホール, 音楽ライターの眼, 壷阪健登
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