Web音遊人(みゅーじん)

親愛なるレニー

人生を変えてしまうほどの、大きな「愛」の物語/書籍『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』

20世紀を代表する偉大な音楽家、レナード・バーンスタイン。指揮者、作曲家、そして教育者としても、世界中の人々を虜にしてきた。本書は、ふたりの日本人から彼に送られた書簡の数々を通じて戦後の日米史、そしてバーンスタインその人の存在の大きさに迫るユニークな本である。

著者の研究内容を大きく変えた手紙の存在

アメリカ文化史、そしてアメリカ=アジア関係史を研究する著者の吉原真里は、ワシントンのアメリカ議会図書館で、レナード・バーンスタイン・コレクションにあたっていた。目的は、冷戦期における日米の文化政策を比較・分析するためだった。しかし、膨大な資料の中でも多くを占める個人的な書簡を興味本位で見ているうちに、ある日本人ふたりからの手紙に興味を惹かれ、そこから彼女の研究は思わぬ方向へと広がっていく。

1947年、18歳のときに若きバーンスタインが書いたエッセイに感銘を受け、最初の手紙を送って以来、40年以上にわたり交流を続けた「カズコ」、そしてマエストロと激しい恋に落ち、その後は彼のエージェントの日本代表としてビジネスにも尽力した「クニ」。本書は、ふたりがバーンスタインに送った手紙を時系列に沿って読み解きながら、アメリカと日本をめぐる情勢や文化政策、両国の音楽マーケットの推移、そして、その中でバーンスタインという音楽家がどのように音楽活動を推進していったのかを浮き彫りにしていく。

それが単なる年表的な記録の羅列にならず、血の通う物語として描かれているのは、手紙の存在があるからだ。子ども時代をパリで過ごし、コンセルバヴァトワールでピアノを学んだカズコの音楽への造詣の深さ。演劇を学び仕事もそつなくこなすクニのこまやかな感性。そして手紙を送り続けるふたりの情熱と行動力。加えて、手紙の数々と歴史を精緻につなぎ、ストーリーをドラマチックに展開させていく著者の構成力も本書を魅力あるものにしている大きな要素である。

手紙が雄弁に語るバーンスタインの「愛」

さて、何はともあれ、読んだ者を圧倒するのは、バーンスタインその人の「愛」である。「すべて、愛が根底にあります。人を愛することと、音楽を愛すること。それは私にとって同じことなのです」とは、本書で紹介されている彼の言葉だが、カズコとクニの手紙はそれを証明するかのように、雄弁に愛を語る。不思議なのは、本書ではバーンスタイン本人の言葉は多く語られないにもかかわらず、読んだ後はまるで彼の愛に包まれているような感覚に襲われることだ。

彼がアメリカで大スターになる前から熱心に応援し続けた「ファン」としてのカズコ、「恋人」として恋焦がれながらも、その力を自らの強さに変えてマエストロの夢の実現に献身する「ビジネスパートナー」となったクニ。それぞれが綴る想いが、バーンスタインの愛の大きさをあぶりだしているのである。

バーンスタイン晩年の一大プロジェクトであるPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌)開催までの道のりは、本書にとっても大きなハイライトで、1990年の夏、PMFで「人生を変える」ほどの経験をした参加者たちのコメントも収められていて、彼の愛情の大きさを物語っている。

この世を去ってからすでに30年以上たっても、彼が残した多くの音源や、『ウェスト・サイド・ストーリー』をはじめとする舞台作品は、いまだ多くの人の心を動かし続けている。その秘密が、本書にもぎっしりと詰めこまれているといっても過言ではない。これは、日米の戦後史、音楽史の本であると同時に、大きな「愛」の物語なのだ。

■インフォメーション

『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』
著者:吉原真里
発売元:アルテスパブリッシング
発売日:2022年10月28日
価格:2,750円(税込)
詳細はこちら

特集

今月の音遊人「世良公則」さん

今月の音遊人

今月の音遊人:世良公則さん「僕にとって音楽は、ロックに魅了された中学生時代から“引き続けている1本の線”なんです」

11703views

パワー・トリップ

音楽ライターの眼

パワー・トリップ、全曲がハイパーテンションの塊の『ライヴ・イン・シアトル』をCD/LPで発表

1296views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

4489views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

13292views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11248views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

8240views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19169views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2970views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10056views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

567views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5224views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15387views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24058views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.13

2698views

オトノ仕事人

ピアノを通じて人と人とがつながる場所をコーディネートする/LovePianoプロジェクト運営の仕事

17788views

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

われら音遊人

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

10817views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

6129views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22426views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4844views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

25616views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2970views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29942views