Web音遊人(みゅーじん)

壷阪健登

即興と楽曲がグラデーションのように溶け合ったソロ・ピアノ・アルバム『When I Sing』/壷阪健登インタビュー

2019年にバークリー音楽大学を首席で卒業。ボストンでの活動を経た後の2020年から日本で活動開始。2023年にスペインのサン・セバスティアン国際ジャズフェスティバルにソロ・ピアノ演奏で招かれたほか、ヤマハホールでソロ・ピアノ・コンサートを開催。さまざまな大舞台を経験した若きピアニスト壷阪健登が2024年5月に待望のファーストアルバム『When I Sing』をリリースした。その発表から半年を経た今、あらためて作品について聞いた。

即興と楽曲がグラデーションのように溶け合うアルバム

「このアルバムには、即興演奏だけの曲もあれば、逆に、すべてが譜面に書かれている曲もあります。そうしたオリジナル9曲を盛り込んだソロ・ピアノ・アルバムを作ろうとした時に、一番大切にしたのは、即興と楽曲のふたつがグラデーションのような自然な形で溶け合うようにするということ。そこにチャレンジしようと思いました」
たしかに、『When I Sing』には、躍動的なものや静謐せいひつなものなどさまざまな楽曲が並ぶが、何よりも印象的なのは、それらがとても円滑に流れ、ひとつの美しい世界を織りあげていること。その完成度の高さはどこからきているのだろう。
「ひとつには、バークリー音楽大学時代の恩師であるヴァディム・ネセロフスキーがよく話していた、『作曲するように即興して、即興するように作曲をしなさい』という言葉が大きく残っていること。もうひとつは、僕が音の響きを意識して聴くようになったことです。以前は、ソロ演奏というのは事前に用意したものをそのまま弾くことだと思っていたんです。ですが、実際にやってみると、弾いた音がピアノとホールの豊かな響きとして返ってきて、それを聴くことによってインスピレーションが刺激され、それまで思ってもいなかったものが引き出されていくんです。これは何度かのソロ・コンサートを経て気づけたこと。特に、2022年にコンサートグランドピアノCFXで演奏したヤマハホールでのソロ・ピアノ・コンサートは大きな経験でした。ジャズ・ピアニストにとって、キレのよいリズムを生み出すことはとても重要ですが、スピード感豊かなアクションをもつCFXはそういったアプローチに素晴らしい音で応えてくれます。そうしたことがアルバム『When I Sing』につながっています」

壷阪健登

メロディが導く音楽の楽しさ

「響きを聴いて演奏することのほかに、このアルバムで大切にしたのはメロディの持つ力です。メロディや歌は非常に大きな存在。僕のルーツのひとつになっているのが歌の伴奏なんです。小学校の朝の会で、みんなで歌うときにピアノの伴奏をするのが大好きでした。メロディや歌を大切にするという気持ちは今でも強く持っています」

壷阪が語るように、アルバム『When I Sing』を聴いていると、優しさと高揚感を伴ったアルバム表題曲や、グルーヴ感のある『こどもの樹』など、魅力的な旋律の楽曲が並ぶ。
「『When I Sing』という曲名はアルバムのタイトルにもなっていますが、そのきっかけは、僕も所属するFrom OZONE till Dawnのコ・プロデューサーであり、今回のアルバム制作にも関わっている俳優の神野三鈴さんからお借りした『うたをうたうとき』という、まど・みちおさんの詩集でした。2日目のレコーディングを終え、宿泊先のホテルに戻った夜、ふと手に取って読んでいたら、その詩集の一編がそのときの気持ちにものすごくリンクして。アルバム全体が僕の“歌”であるというステートメントを『When I Sing』というタイトルに込められるのではないかと思ったんです。
『こどもの樹』は岡本太郎さんの作品からインスパイアされて書いた曲です。こどもたちがそれぞれの個性を自由に伸ばしていけるようにという太郎さんの願いを込めて書きあげました」

壷阪健登

今までと違うアイディアやアプローチが聴こえるようになった

さまざまな思いを込めて作りあげたアルバム『When I Sing』についてあらためて振り返ってもらった。
「ソロ・ピアノ演奏にあるのは僕とピアノだけ。シンセサイザーのように、いろいろな音を出してみようというわけにもいきません。僕の頭にあるイマジネーションを、どうやったらピアノという楽器一つで表現することができるんだろう?と自問しながら過ごす日々でしたが、今回のレコーディングを通してピアノという楽器に改めて向き合う中で、今までとは違うアイディアやアプローチが聴こえてくるようになりました。『When I Sing』は今の自分自身を表現しているアルバムであると同時に、音楽性をさらに前に進めるための大きな基盤にもなったような気がしています」
壷阪が真摯にピアノに向き合って生み出した『When I Sing』。このアルバムを聴けば、彼の洋々たる未来が見えてくることだろう。

■『When I Sing』

壷阪健登
発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2024年5月15日
料金(税込):3,300円
詳細はこちら
オフィシャルサイトはこちら

オフィシャルX(旧Twitter) オフィシャルInstagram

photo/ 宮地たか子

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

櫻井哲夫

今月の音遊人

今月の音遊人:櫻井哲夫さん「聴いてくれる人が楽しんでくれると、自分たちの楽しさも倍増しますね」

5784views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase25)クルターグ「カフカ断章」とディープ・パープル「チャイルド・イン・タイム」、絶叫の現代音楽

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase25)クルターグ「カフカ断章」とディープ・パープル「チャイルド・イン・タイム」、絶叫の現代音楽

1804views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

11778views

楽器のあれこれQ&A

講師がアドバイス!フルート初心者が知っておきたい5つのポイント

22065views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8469views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

16970views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13423views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

16998views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13522views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9418views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6555views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35005views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14833views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16834views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#029 「ジャズは難しい」という固定観念を覆す確信犯的ラヴ・ソング集~ジョン・コルトレーン『バラード』編

2876views

地代所悠/コントラバスヒーロー

オトノ仕事人

「コントラバスヒーロー」として音楽と三浦半島の魅力を伝える/音楽で活躍するご当地ヒーローの仕事

2729views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8992views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

7456views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

14280views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5486views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

9640views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4469views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35005views