今月の音遊人
今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」
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2022年、秋の叙勲で旭日小綬章受章に並び、福岡アジア文化賞大賞を受賞した太鼓奏者林英哲。太鼓のソロ演奏者という他に例の無いスタイルで40年に渡って精力的に演奏・創作を続け、日本の“太鼓音楽”の可能性を切り拓き、世界的に高い評価を受けてきた。古希に達した現在もエネルギッシュな活動を続ける林英哲にその心境を聞いた。
日本を代表する太鼓奏者でありながら、林英哲の演奏の本質は、実はかなり誤解されているのではないだろうか。
彼は1971年に太鼓集団創設に参加してトッププレイヤーとして活動。主なレパートリーの作編曲をし、後進団体の命名、作曲、演出を手がけた後、1982年に前例の無い太鼓ソロ奏者としてのキャリアをスタートさせている。太鼓を使った音楽と聞くと、日本の伝統芸能というイメージを持たれることが多いが、林英哲が集団時代から手がけてきた手法は、郷土芸能の要素を借りながら、まったく新しいコンセプトによる舞台のための“太鼓音楽”を創作することだったのだ。
「僕は日本の太鼓芸に憧れて始めたわけではないので、太鼓への向き合い方が客観的なところがあるんです。それで、それまでどこにも無かった舞台用の太鼓曲を作る役回りになったというのが出発点でした」
林英哲に課せられたのは、郷土芸能やお祭り太鼓の踏襲ではなく、それらを素材にして誰も生み出したことがない音楽を出現させるという、いわば革新的とも言える作品づくりだった。
「太鼓芸は、音楽からいちばん遠いところにある分野と見られていました。だから太鼓を使ってクリエイティブなことをやる発想自体がそれまでは無かった。誰もやらない手つかずの分野なら、やってみようかということで始めました」
そうしてスタートした新たな“太鼓音楽”は、思わぬ反響を引き起こす結果となった。その躍動感に満ちたパフォーマンスに“これこそ日本人の魂だ”といった感想が寄せられ、林英哲が創出した太鼓奏法や演奏内容が、伝統的スタイルだと思い込まれることにもなった。太鼓での初のソロ演奏家となった林英哲の足跡は、こうした“誤解”を解消するための試行錯誤でもあった。
「それが上手くいったのかどうかはわかりませんが、いろんな分野の人たちと出会いながら、集団時代とは別の新しい独奏スタイルを作るチャレンジをしたんです。僕のステージを初めて観て、おもしろいと言ってくれる人がいるなら可能性があるかな、という。それがソロの出発点でした」
林英哲の活動の中で大きな特長となっているのがオーケストラとの共演の多さだ。彼のために書き下ろされたオーケストラ曲だけでも10曲以上になるという。
「僕がソロ活動を始めた時におもしろがってくれた人の中に現代音楽の作曲家たちがいて、『太鼓の曲を書くからやってほしい』と言われたんです」
初めて林英哲に作品を提供した作曲家は水野修孝で、曲はティンパニーとの二重奏曲『鼓動』だった。これが好評だったことから水野がオーケストラ曲『交響的変容 第3部』のカデンツァ部分として組み込んだ作品に発展、1984年にニューヨークのカーネギーホールで上演されることになった。
「他の作曲家の場合、太鼓のソロパートは譜面を書かず僕に任されることもありますが、水野さんは、ジャズのアドリブがおもしろいと言われるのは作曲家にとって悔しいからジャズメンがアドリブをしているような超絶の演奏をすべて譜面に書きたい、という人なんです。だから、僕がやったことのない複雑な変拍子なども全部書いてあって、一音もアドリブなし。譜面通りにやらないとオーケストラと合いません。ひたすら練習しました」
最初は大太鼓の音量や存在感に拒否反応を示す楽団員もいたという。しかし今では、特に海外のオーケストラではリハーサルで音出しをすると楽団員が感動して拍手をしてくれる現象が起きるようになっているそうだ。
「それは僕の演奏法や音の出し方が変わってきていることもあるのでしょう。経験を重ねるうちに、オーケストラの中での音量や表現の仕方を学習して、音楽的なバランスが良くなったのかもしれませんね」
林英哲とオーケストラとの共演曲は世界的に高く評価されている。1993年にベルリンフィルハーモニーホールで初演された松下功作曲の『和太鼓と八重奏のための「飛天遊」』はその後、和太鼓協奏曲として発展、国内外でこれまでに100回を超える上演数を誇り、その他の曲も国内外のオーケストラで積極的に演奏される貴重な日本の現代曲となっている。
2023年2月25日、東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールで「林英哲スペシャルコンサート2023 春鼓人宝~しゅんこ・ひとだから~」が開催されるが、そのプログラムはまさに林英哲ならではのバラエティ豊かなものだ。
第一部では、ゲストに新垣隆(ピアニスト・作曲家)を迎えて、湯山昭作曲の『鬼あられ』(曲集『お菓子の世界』より)、ラヴェルの『ボレロ』などが演奏される。
「新垣さんとは、6年くらい前に新作バレエの企画で、太鼓とピアノの曲『死と乙女』の作曲をお願いしたのが最初でした。今回、一緒に何を演奏しようかとお話した時に、『ボレロ』はどうでしょう、と新垣さんから提案されたんです。『ボレロ』はピアニストの山下洋輔さんと共演して以来、人気のある演目ですね」
第二部では、組曲『レオナール われに羽賜べ』が上演されるが、太鼓のパフォーマンスでドラマティックな物語を描いた組曲のシリーズも林英哲ならではの演目だ。これまでに写真家マン・レイをテーマにした『万零』(1998年)、伊藤若冲をテーマにした『若冲の翼』(1999年)、そしてレオナール・フジタをテーマにした『レオナール われに羽賜べ』(2004年)など、美術家をモチーフにした組曲が数多く発表されている。
「僕は美術志望の人間だったので美術家に興味があるというか、これがモーツァルトやバッハをテーマにするといった方向だったら難しいですが、美術家の人生ならば僕の心にとても響くんです」
この組曲シリーズの中でも人気が高く、再演数も多いのが『レオナール われに羽賜べ』だ。林英哲と、彼が育成する若手太鼓奏者グループ「英哲風雲の会」のメンバーが見せるドラマティックなパフォーマンスからは、観る人を魅了する迫力と深い感動が伝わってくる。
既成概念をはるかに超えた太鼓の楽器としての魅力、そして音楽をクリエイトする可能性がリアルに味わえる林英哲のコンサート、ぜひ実際に体感して欲しい。
日時:2023年2月25日(土)
会場:東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
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文/ 前田祥丈
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