今月の音遊人
今月の音遊人:葉加瀬太郎さん「音楽は自分にとって《究極のひまつぶし》。それは、この世の中でいちばん面白いことだから」
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サクソフォンのレッスンをはじめて、はや10余年。当初はどうしても上手くできずに、困ったなあと思っていた時期もあった。とはいうものの、レッスンは進歩と平行しているわけで、決して無理な難題が課せられているわけではない。
僕のような上達しない者には、それなりの課題が与えられ、丁寧な指導がある。だから、まいったなあ、これはできないんじゃないかなあ、と思うのは単に自分だけの感想なのだ。その証拠に、その次のレッスンではできなかった課題がクリアされている。
1週間の間に今までできなかったことが、脳味噌にインプットされるのだろうか。今では、毎回のレッスンが待ち遠しいという状況になっている。そういう境地に達した、とまでいうことができる。
もう、間違えたってヘッチャラだ。いや、間違えてはいけません。長い経験から、次回のレッスンではできるようになっているのが分かっているから、気分が楽だ、というような意味だ。できないことはできないなりに、できることはそれなりに演奏していて楽しい。
いまの課題曲は『チュニジアの夜』だ。これは相当に難しい。いつの間にか高い演奏能力を要求される楽曲が選ばれるようになってきた。
だからといって尻込みするということはない。何しろ、いずれはできるようになることが分かっているからだ。だが、それは完全にとか確実にというような、はっきりとしたものではない。僕が今の演奏能力で演奏できるレベルはこのぐらいですということが分かるのだ。
それでも、その過程が楽しいということだろうか。音楽というある種、とらえどころがないものの輪郭が少しずつ分かってくるのは、それ自体が面白いのである。
つまり、あたえられた譜面をみると、最初はどこがどうなっているかかいもく分からない。音の高さがあり、長さがある。それを一つずつ、解きほぐしていくと、そこに音楽が立ち現れる。その音楽がどういうもので、何を主張したいのかが分かってくるのは嬉しい驚きだ。
最初のフレーズが次のフレーズを際立たせるためにあることが理解できると、音楽が生きてくる。その瞬間に立ち会えるのが、無上の喜びなのだ。ああ、次回のレッスンが待ち遠しい。
記録的な猛暑だと思ったら、記録的な長雨に見舞われたりして、いったい今年の夏はどうなっているのだろうか。不順な天気がつづく夏の週末、何はともあれということで、サクソフォン教室の仲間と納涼会を催しました。そこで、ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテットというか、ポール・デスモンドの話題となりました。ちょうどいま、デスモンドが得意としたサブトーンという奏法の習得のため、レッスンに励んでいるからです。そういえば10年前、僕がサクソフォンの教室に通いはじめた理由の一つは、ポール・デスモンドのように『テイク・ファイブ』を吹けるようになれたらなあという、無謀な夢を実現することでした。久しぶりにそのことを話したら、あと10年はかかるだろう、などと教室仲間に言われてしまいました。はい、元気なうちは続けたいと思っております。
作家。映画評論家。1950年生まれ。桐朋学園芸術科演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て、小説、エッセイなどの文筆の分野へ。主な著書に『正太郎の粋 瞳の洒脱』『ぼくの父はこうして死んだ』『江分利満家の崩壊』など。現在、『山口瞳 電子全集』(小学館)の解説を執筆中。2006年からヤマハ大人の音楽レッスンに通いはじめ、アルトサクソフォンのレッスンに励んでいる。
文/ 山口正介
tagged: 大人の音楽レッスン, サクソフォン, 山口正介, パイドパイパー・ダイアリー
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