Web音遊人(みゅーじん)

宮崎秀生

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

コンサートホールや劇場で開催される音楽や演劇などの公演を、より印象的ですばらしいものとするために欠かせないのが会場の音響環境だ。ホールや劇場をよりよい音響特性をもった空間とするべく、設計段階から携わる音響コンサルタントの仕事についてヤマハ株式会社空間音響グループの宮崎秀生さんに聞いた

設計から竣工まで関わる音響コンサルタント

日本のホールや劇場は、県や市などの公的機関が施主となって造られることが多く、最初の段階としては舞台に精通する劇場コンサルタントが、その土地の条件、周辺のホール状況、ホールの用途などを調査して基本計画をつくる。ここでホールの場所、規模などが決まり、それに基づいて設計コンペが行われ、
この設計段階から、音響コンサルタントの仕事はスタートする。
「設計者はホールや劇場などのプロジェクトに関わることはそれほど多くはないため、進め方がわからない場合が多いんです。ですから、設計段階において、竣工後の音響空間を予測するさまざまなシミュレーション技術を使ったり、いままで培ってきた経験に基づいてアドバイスしたりと、どうしたらよい音響空間をつくれるのかを提案します」
設計コンペで提案が採用されると、基本設計から実施設計の段階になり、現場施工者の入札が行われる。
施工が始まると、音響コンサルタントは設計どおりに施工されているかを音響面からチェックして指導する“音響パトロール”を何度か行い、最終段階で音響測定をして問題がないことを確認し、竣工する。
「本当に大きな案件だと、最初から最後まで4年間くらい関わることになります。建築においては、分業化されている業務が多いので、設計段階から最後の音の確認まで関わる仕事というのはめずらしいのかなと思います」
設計者の場合、ホールなどの大きなプロジェクトを手掛けると、竣工までの間はかかりきりになることがほとんどだが、音響コンサルタントの場合は、ほぼ同時期に20~30件の業務を並行して担当することもあるそうだ。
「それぞれ状況が異なるので、いろんな知識、経験が溜まってきます。この蓄積が非常に重要で、経験から学ぶことが多いのもコンサルタントの仕事の魅力のひとつだと思います」

宮崎秀生

音楽の種類によって適した音響特性は異なる。例えばPAなどを使わないクラシック音楽の公演では残響の長さが求められるが、マイクやスピーカーを使う電気音響的な公演では内容がはっきり伝わる明瞭性が必要で、残響は抑えめにしなければいけない。
「クラシックのなかでも、オルガンは長い残響がほしくなります。コーラスやオーケストラも比較的長い残響が必要ですが、少人数のチャンバーオーケストラは音源が小さくなるので音量感が必要、などそれぞれのニーズをクリアするための建築的な対応、設備的な対応が必要になってきます」
とくに日本ではさまざまな用途に対応する多目的ホールが多く、音を客席に届ける反射板、吸音性の高い幕などを切り替えて音響ニーズの違いに対応している。
「基本的な音の鳴りは反射板と幕で調整しますが、音楽の場合には横からの反射音、響きの広がり感など空間的な響きが非常に重要で、舞台からのエネルギーを、いろいろな席にまんべんなく届けるために、客席の壁の構成、天井の反射板の角度、内装材の選択などを音響シミュレーションで検討しながら決めていきます」

宮崎秀生

音の反射をコントロールする壁面と、ステージから天井へと伸びる反射板(ヤマハホール)

冒険的な音作りがしたい

宮崎さんが手掛けたホールの中で印象的なものを聞くと、「関わったすべてのホールに思い入れがあるので、選ぶのは難しい」と返ってきたが、敢えていくつか挙げてもらった。
「静岡市清水文化会館(マリナート)の大ホールは1,513席のシューボックスタイプ(長方形)です。横からくる音の反射を拡散させて、シューボックス特有の豊かな拡がり感があります。
久留米シティプラザのザ・グランドホール(1,514席)と東広島芸術文化ホールくららの大ホール(1,200席)は客席が4階層になっていて、庇状に積層しているサイドバルコニーを利用して、空間感に重要な横からの反射音を創り出しています。
さらに大分県竹田市のグランツたけたの大ホール(713席)は天井が非常に高く、残響を伸ばしつつも響きのバランスが保たれるように工夫したホールです。
ヤマハ銀座店の7階にあるヤマハホール(333席)は、ビルの中に箱を入れるボックス・イン・ボックスを採用して静寂性を確保しながら、幅が狭いために横からの反射音が強すぎてしまう空間をどのように制御するかを突き詰めたホールです。特にヤマハホールは設計者でありながら施主の立場でもあったため、いろいろな音響的な試みができたプロジェクトでとても印象に残っています」
はっきりした響きが特徴のホールはどうしても音楽ジャンル的な向き不向きが出てくる。しかし、全部が無難に聴こえるホールは使い勝手はよくてもおもしろみが少ないと言う。
「できれば冒険的なことをやりたいんです。昔は遠慮していましたが、今はおもしろくないとやる意味がないと思うので、若手にも“おもしろい仕事をしよう”と言っています」
宮崎さんは、ホールが完成すると誰よりも早くそのステージで自らバイオリンを弾くという。
「設計者さんなどと議論を交わしながら、こちらのアイデアにのってくれたり、これはいいですねと意見が一致したり、仕事を進める中でたくさんのやりがいを感じます。現場で最後にバイオリンを演奏して、スタッフみんなで完成を喜び合う時が、本当に楽しいですね」

宮崎秀生

自らバイオリンを弾いてホール音響の実験をする宮崎さん(本人提供)

Q.子どもの頃の夢は?
A.母が家でピアノの先生をしていて、姉も音大を目指していたので、家の中でずっとピアノが鳴っている環境でした。5歳の時に親から“何かやりたい?”と聞かれてバイオリンと言ったらしいんです。中高の時には学校のOBや家族が参加するアマチュアのオーケストラでも活動していましたが、本気でバイオリンの道に進もうとは考えていませんでした。
当時はF1が人気でクルマ関連もいいかなとか、宇宙関連もいいな、でも宇宙工学は難しいなとか思いながら機械工学系に進もうかと思っていました。けれど大学に入って、上野にある東京文化会館に海外のオペラを観に通っているうちに意識が変わって、ホールを作りたいと思うようになったんです。

Q.好きな音楽は?
A.学生時代にはフィリップ・グラスとかの現代音楽を聴いたり、友達とバルトークの曲などを演奏したりしていましたけど、今はロマン派とか“三大B”(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)とか、純クラシックばかり聴いています。オペラも大好きです。好きな指揮者はリッカルド・ムーティで、コロナ禍になるまでは毎年ザルツブルグ音楽祭に通って、ムーティのウィーン・フィルやオペラを聴いていました。

Q.休日の過ごし方は?
A.仕事がら出張が多くていろいろな場所に行くので、あらためて休みの日にどこか出かける気にあまりならないのですが、パートナーと一緒にレストランに行ったり、音楽を聴きに行ったりすることはあります。おいしいものを食べて、いい音楽を聴いて、展覧会に行ってとか、とにかく五感で楽しむようにしています。

photo/ 阿部雄介

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:寺井尚子さん「ジャズ人生の扉を開いてくれたのはモダン・ジャズの名盤、ビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビイ』」

8583views

マリア・エステル・グスマン

音楽ライターの眼

ギター界の女王、マリア・エステル・グスマンが待望のスペイン作品を録音

13121views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

21590views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17105views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

8646views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

8540views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7619views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8683views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12884views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1555views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

7801views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29941views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10592views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22454views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#016 ジャズを大衆化させる戦略が功を奏した“置き土産”~マイルス・デイヴィス『リラクシン』編

1336views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

9175views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7098views

82Z

楽器探訪 Anothertake

アンバー仕上げが生む新感覚のヴィンテージ/カスタムサクソフォン「82Z」

2949views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

21006views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

5905views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

8708views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13756views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views