今月の音遊人
今月の音遊人:小曽根真さん「音楽は世界共通語。生きる喜びを人とシェアできるのが音楽の素晴らしさ」
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ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事
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2023.11.20
コンサートホールや劇場で開催される音楽や演劇などの公演を、より印象的ですばらしいものとするために欠かせないのが会場の音響環境だ。ホールや劇場をよりよい音響特性をもった空間とするべく、設計段階から携わる音響コンサルタントの仕事についてヤマハ株式会社空間音響グループの宮崎秀生さんに聞いた
日本のホールや劇場は、県や市などの公的機関が施主となって造られることが多く、最初の段階としては舞台に精通する劇場コンサルタントが、その土地の条件、周辺のホール状況、ホールの用途などを調査して基本計画をつくる。ここでホールの場所、規模などが決まり、それに基づいて設計コンペが行われ、
この設計段階から、音響コンサルタントの仕事はスタートする。
「設計者はホールや劇場などのプロジェクトに関わることはそれほど多くはないため、進め方がわからない場合が多いんです。ですから、設計段階において、竣工後の音響空間を予測するさまざまなシミュレーション技術を使ったり、いままで培ってきた経験に基づいてアドバイスしたりと、どうしたらよい音響空間をつくれるのかを提案します」
設計コンペで提案が採用されると、基本設計から実施設計の段階になり、現場施工者の入札が行われる。
施工が始まると、音響コンサルタントは設計どおりに施工されているかを音響面からチェックして指導する“音響パトロール”を何度か行い、最終段階で音響測定をして問題がないことを確認し、竣工する。
「本当に大きな案件だと、最初から最後まで4年間くらい関わることになります。建築においては、分業化されている業務が多いので、設計段階から最後の音の確認まで関わる仕事というのはめずらしいのかなと思います」
設計者の場合、ホールなどの大きなプロジェクトを手掛けると、竣工までの間はかかりきりになることがほとんどだが、音響コンサルタントの場合は、ほぼ同時期に20~30件の業務を並行して担当することもあるそうだ。
「それぞれ状況が異なるので、いろんな知識、経験が溜まってきます。この蓄積が非常に重要で、経験から学ぶことが多いのもコンサルタントの仕事の魅力のひとつだと思います」
音楽の種類によって適した音響特性は異なる。例えばPAなどを使わないクラシック音楽の公演では残響の長さが求められるが、マイクやスピーカーを使う電気音響的な公演では内容がはっきり伝わる明瞭性が必要で、残響は抑えめにしなければいけない。
「クラシックのなかでも、オルガンは長い残響がほしくなります。コーラスやオーケストラも比較的長い残響が必要ですが、少人数のチャンバーオーケストラは音源が小さくなるので音量感が必要、などそれぞれのニーズをクリアするための建築的な対応、設備的な対応が必要になってきます」
とくに日本ではさまざまな用途に対応する多目的ホールが多く、音を客席に届ける反射板、吸音性の高い幕などを切り替えて音響ニーズの違いに対応している。
「基本的な音の鳴りは反射板と幕で調整しますが、音楽の場合には横からの反射音、響きの広がり感など空間的な響きが非常に重要で、舞台からのエネルギーを、いろいろな席にまんべんなく届けるために、客席の壁の構成、天井の反射板の角度、内装材の選択などを音響シミュレーションで検討しながら決めていきます」
宮崎さんが手掛けたホールの中で印象的なものを聞くと、「関わったすべてのホールに思い入れがあるので、選ぶのは難しい」と返ってきたが、敢えていくつか挙げてもらった。
「静岡市清水文化会館(マリナート)の大ホールは1,513席のシューボックスタイプ(長方形)です。横からくる音の反射を拡散させて、シューボックス特有の豊かな拡がり感があります。
久留米シティプラザのザ・グランドホール(1,514席)と東広島芸術文化ホールくららの大ホール(1,200席)は客席が4階層になっていて、庇状に積層しているサイドバルコニーを利用して、空間感に重要な横からの反射音を創り出しています。
さらに大分県竹田市のグランツたけたの大ホール(713席)は天井が非常に高く、残響を伸ばしつつも響きのバランスが保たれるように工夫したホールです。
ヤマハ銀座店の7階にあるヤマハホール(333席)は、ビルの中に箱を入れるボックス・イン・ボックスを採用して静寂性を確保しながら、幅が狭いために横からの反射音が強すぎてしまう空間をどのように制御するかを突き詰めたホールです。特にヤマハホールは設計者でありながら施主の立場でもあったため、いろいろな音響的な試みができたプロジェクトでとても印象に残っています」
はっきりした響きが特徴のホールはどうしても音楽ジャンル的な向き不向きが出てくる。しかし、全部が無難に聴こえるホールは使い勝手はよくてもおもしろみが少ないと言う。
「できれば冒険的なことをやりたいんです。昔は遠慮していましたが、今はおもしろくないとやる意味がないと思うので、若手にも“おもしろい仕事をしよう”と言っています」
宮崎さんは、ホールが完成すると誰よりも早くそのステージで自らバイオリンを弾くという。
「設計者さんなどと議論を交わしながら、こちらのアイデアにのってくれたり、これはいいですねと意見が一致したり、仕事を進める中でたくさんのやりがいを感じます。現場で最後にバイオリンを演奏して、スタッフみんなで完成を喜び合う時が、本当に楽しいですね」
Q.子どもの頃の夢は?
A.母が家でピアノの先生をしていて、姉も音大を目指していたので、家の中でずっとピアノが鳴っている環境でした。5歳の時に親から“何かやりたい?”と聞かれてバイオリンと言ったらしいんです。中高の時には学校のOBや家族が参加するアマチュアのオーケストラでも活動していましたが、本気でバイオリンの道に進もうとは考えていませんでした。
当時はF1が人気でクルマ関連もいいかなとか、宇宙関連もいいな、でも宇宙工学は難しいなとか思いながら機械工学系に進もうかと思っていました。けれど大学に入って、上野にある東京文化会館に海外のオペラを観に通っているうちに意識が変わって、ホールを作りたいと思うようになったんです。
Q.好きな音楽は?
A.学生時代にはフィリップ・グラスとかの現代音楽を聴いたり、友達とバルトークの曲などを演奏したりしていましたけど、今はロマン派とか“三大B”(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)とか、純クラシックばかり聴いています。オペラも大好きです。好きな指揮者はリッカルド・ムーティで、コロナ禍になるまでは毎年ザルツブルグ音楽祭に通って、ムーティのウィーン・フィルやオペラを聴いていました。
Q.休日の過ごし方は?
A.仕事がら出張が多くていろいろな場所に行くので、あらためて休みの日にどこか出かける気にあまりならないのですが、パートナーと一緒にレストランに行ったり、音楽を聴きに行ったりすることはあります。おいしいものを食べて、いい音楽を聴いて、展覧会に行ってとか、とにかく五感で楽しむようにしています。
文/ 前田祥丈
photo/ 阿部雄介
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