Web音遊人(みゅーじん)

ブローウェルに委嘱した新作をサントリーホールで世界初演/村治佳織インタビュー

音楽家として、人間として、豊かにときを重ねている村治佳織。1992年のブローウェル国際ギター・コンクール優勝の翌年にデビューして以来、日本のクラシックギター界に颯爽とした風を送り込み、幅広い層にギターの魅力を伝えてきた。2021年12月12日にサントリーホールで開催されるリサイタルでは、そのブローウェルに村治が委嘱した新作が世界初演され、同月にはベスト・アルバムもリリース。これまでの活動を振り返り、新しい年に向けて一歩を踏み出そうとしている村治に、彼女の「今」を聞いた。

ブローウェルとの出会いは中学2年生のとき

キューバ出身のレオ・ブローウェルは、クラシックギタリストなら誰もが知る偉大な作曲家であり、ギタリスト。村治は2019年12月のサントリーホールでのリサイタル直後、キューバに飛んでブローウェルに会い、作曲を依頼したのだという。

「当時、キューバに駐在していた日本大使の方が、クラシックギターをとても好きでいらして、“ブローウェルさんに会いにキューバに来ませんか?”とお声がけくださったのです。ブローウェルさんにはじめてお会いしたのは、東京で開催されたブローウェル国際ギター・コンクールで優勝した中学2年生のとき。その後、キューバでレッスンを受けたこともありましたが、もう20年近くお会いしていませんでした。できれば曲をお願いしたいという気持ちがあったので、ぜひ行きたいとお返事し、サントリーホールでの大一番が終わった翌日に出発しました。キューバの日本大使公邸でブローウェルさんにお会いしたのが12月24日で、作曲を快諾してくださったときは、すごいクリスマス・プレゼントだと思いましたね」

こうして生まれたのが『青いユニコーンの寓話』という作品。ちょうど2年後の2021年12月に、サントリーホールで初演されることになった。

「再会した直後に世界がコロナ禍に見舞われて、ブローウェルさんも旅ができなくなってしまったようで、すぐに作曲にとりかかってくださいました。80歳を超えてもエネルギッシュで、創作意欲はどんどん増してきているそうです。『青いユニコーンの寓話』でも、単旋律のフレーズが連なっていく部分などは、まさに次から次へとイマジネーションが湧いてくるといった感じです。そして、“寓話”というタイトルの通り、音でなにかを語りかけてくるような曲。ストーリーは聴く人それぞれの想像に委ねられていますが、スペイン語圏のポップスに同じタイトルの曲があって、直接的なつながりはないとはいえ、その歌詞を読むと“青いユニコーンが突然どこかへ消えてしまった”と嘆き悲しむものなんですね。そこから私は、今まであったものがなくなってしまったという意味で、これまでの現実がぱっと変わってしまった今の世界のことを連想しました」

みずからの原点を見つめ直すコンサート

今回のリサイタルでは、このほかに『舞踏礼賛』、《黒いデカメロン》より『こだまの谷を逃げて行く恋人たち』、『ラ・グラン・サラバンダ』という3曲のブローウェル作品も演奏される。

「キューバに生まれ育ったブローウェルさんの作品には、民族音楽的な歯切れのいいリズムがたくさん入っているのですが、一方で、彼は子どもの頃から大衆的なサルサやポップスよりもベートーヴェンや宗教的な音楽に心を寄せていたそう。そのせいか、なにかを追い求めるような神秘性や、祈るような宗教性が、音楽のいたるところから感じられます。原始的な部分と聖なる部分をあわせ持っているところがブローウェル作品の魅力ではないでしょうか」

また、リサイタルの第2部では、2021年に生誕120周年を迎えたスペインの作曲家、ホアキン・ロドリーゴの作品がプログラミングされている。ロドリーゴもまた、村治にとっては活動の初期から関わりの深い作曲家である。

「ブローウェルさんとロドリーゴさんの作品には子どもの頃から親しんできましたが、どちらにも祈りの気持ちや神秘性があるんですよね。私もきっと、ひとりの人間としてそういった世界観が好きなのでしょう。あと少しでデビュー30周年も見えてきますが、その前に自分の原点をあらためて見つめる機会になると思います。10年間一緒に歩んできたヤマハのギターは、ずっと弾き込んできたことで、見た目も音色も“黄金色”になったと言われました。今回のリサイタルでも数曲弾きますので、楽しみにしていてください」

2021年12月にリリースされるベスト・アルバム『Music Gift to』も、これまでの村治の歩みを振り返る一枚となっている。

「自分としては“振り返る”といった意識はまったくなかったのですが、結果的には2003年にデッカに移籍してから今までの録音がまんべんなく入ったアルバムになりましたね。コンサートや配信でお客様が気に入ってくださった曲のなかから、純粋に“いいメロディ”を聴いてほしいという気持ちで選びました。ジャケットにあるタイトル “to”のあとにスペースを設けたのは、ここに大切な人の名前を書いてほしかったからです。このアルバム自体がギフトとなって音楽の力で人との繋がりが強くなったら嬉しいです」

コロナ禍で余儀なく音楽活動が制限されることになったが、かつて病気で長期休養したこともある村治にとって、休止は人生2度目の体験だったという。それだけに「コンサートができることに毎回感謝し、さらには毎日がスペシャルだと思えたら最高」と語る彼女の言葉はポジティブな説得力に満ちていた。

■インフォメーション

●村治佳織 ギター・リサイタル2021

日時:2021年12月12日(日)17:00開演(16:15開場)
会場:サントリーホール 大ホール
詳細はこちら

●アルバム『Music Gift to』


発売元:ユニバーサル ミュージック合同会社
発売日:2021年12月1日
詳細はこちら
オフィシャルサイト

オフィシャルFacebook YouTube公式チャンネル オフィシャルInstagram

facebook

twitter

特集

辻󠄀井伸行

今月の音遊人

今月の音遊人:辻󠄀井伸行さん「ピアノは身体の一部、大切な友だちのようなものです」

4088views

ドイツ・グラモフォン ベスト・オブ・ベスト

音楽ライターの眼

2018年に創立120年を迎えるドイツ・グラモフォンの歴史を俯瞰する名演集

6288views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

10787views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

19029views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

12507views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

3231views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

27959views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3745views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12805views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

5033views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7230views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11098views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14291views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11022views

音楽ライターの眼

伝説のレーベル“ワックス・トラックス!”その栄枯盛衰を描いた映画『インダストリアル・アクシデント』の海外ブルーレイ発売

2870views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

3360views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

10223views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

6523views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

20692views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5125views

CLP-825WH

楽器のあれこれQ&A

はじめての電子ピアノを選ぶポイントや練習を続けるコツ

4273views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9719views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

27218views