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ハイドン「交響曲第101番《時計》」とONE OK ROCK、ロンドンで成功、世界の時を刻むクロック

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase37)ハイドン「交響曲第101番《時計》」とONE OK ROCK、ロンドンで成功、世界の時を刻むクロック

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809年)は「交響曲の父」と称される。「第101番ニ長調《時計》」をはじめ英国で絶賛された「ロンドン・セット(第93~104番)」は、ドイツ=オーストリアの交響曲が世界を制覇する契機となった。日本のロックではONE OK ROCK(ワンオクロック)の海外進出が目覚ましい。交響曲もロックも本質を突くシンプルなアプローチがグローバルに支持される。綴り違いの2つのクロックが世界の時を刻む。

明快で遊びのあるエンタメ

ハイドンはモーツァルト、ベートーヴェンとともにウィーン古典派と呼ばれ、その長老格だが、地味な印象を持たれがちだ。ハイドンの交響曲は第1~104番とA、Bの2曲の計106曲に達し、モーツァルト(第1~41番ほか)やベートーヴェン(第1~9番)の数をはるかに上回る。かといって粗製乱造では決してない。20代半ばの初期の交響曲からして、明快で遊びを効かせた作曲技法が冴えわたる。ハイドンは最初からエンターテインメント性の高い交響曲を書いていた。

アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカによる「ハイドン:交響曲全集」(CD33枚組、1969~72年録音、ユニバーサル)

アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカによる「ハイドン:交響曲全集」(CD33枚組、1969~72年録音、デッカ、ユニバーサル)

今ではハイドンの交響曲全集が複数あるので、全106曲を通しで聴くのも難しくない。第1番から順に聴いていけば、未知の深い森に分け入るような驚きの音楽体験になるだろう。モーツァルトのように優雅な交響曲、ベートーヴェンかと思うほど劇的な疾風怒濤(Sturm und Drang)の交響曲も中にはある。「第55番変ホ長調《校長先生》」や「第82番ハ長調《熊》」など、熟達した作曲技法によるユーモラスな名曲も多い。

もっとも、ハイドンは交響曲の創始者ではない。イタリア前古典派のジョヴァンニ・バッティスタ・サンマルティーニ(1700~75年)やマンハイム楽派のヨハン・シュターミッツ(1717~57年)も数十曲の交響曲を書いている。にもかかわらず「交響曲の父」と称賛されるのは、4楽章構成やソナタ形式の本質を追求し、世界中で楽しまれる古典様式の交響曲の典型を確立したからだ。モルツィン伯爵家やエステルハージ侯爵家の楽長としてエンターテナーの技量を培ったことも、大衆の人気を集める交響曲の創造につながった。

振り子、時間の重みと軽さ

30年近く仕えたエステルハージ侯の死後、ハイドンの海外進出が本格化する。興行主ヨハン・ペーター・ザロモンの招聘で、ロンドンでの新作交響曲の公演シリーズが開始されるのだ。「ザロモン交響曲」とも呼ばれる「ロンドン・セット」は1791年の「第93番ニ長調」や「第94番ト長調《驚愕》」、「第96番ニ長調《奇跡》」から始まり、1795年の「第104番ニ長調《ロンドン》」まで続く計12曲。傑作ぞろいの交響曲群だが、最高傑作として「第101番ニ長調《時計》」(1794年)を挙げたい。

「第101番」の「時計」の愛称はハイドン自身によるものではないが、第2楽章アンダンテの時計の振り子に似たリズムに由来している。弦が8分音符で鳴らすピツィカートの規則正しいリズムだ。第2楽章は初演時から人気で、当時アンコールも多かったという。この交響曲の看板楽章といえる。


Haydn Symphony No 101 D major „Die Uhr“ The clock The New Dutch Academy

「時計」交響曲の魅力はそれだけではない。第1楽章は時間の重みを感じさせる同主調のニ短調による遅い序奏から始まり、主部に入るとニ長調で軽快に時を刻む。第3楽章メヌエットは広大で変化に富み、次代のベートーヴェンのスケルツォを予感させる。第4楽章は緻密なロンド・ソナタ形式で構成されているが、リズミカルで溌剌とした旋律が快速で進行し、最後は輝かしいニ長調で感動的に終わる。

ClockがOK ROCKになる時

典型的な交響曲を聴きたければ、ハイドンの106曲が楽しい。交響曲の原型を再認識させてくれる。では日本のバンドでこれぞロックという音楽を聴きたければ、今はONE OK ROCKだ。ダジャレで恐縮だが、ワンオクのロックは18世紀末のハイドンのクロックと同様、英国で高い評価を受けている。ロンドンやパリなど世界各地の主要都市でのライブも成功させている。数ある日本のロックバンドの中でワンオクが海外で特に人気なのはなぜか。それはハイドンの交響曲のように世界に通じる分かりやすいロックであることだ。

ONE OK ROCK「Luxury Disease」(2022年、ワーナー)

ONE OK ROCK「Luxury Disease」(2022年、ワーナー)

例えば、10枚目のオリジナル・アルバム「Luxury Disease」(2022年)。1曲目「Save Yourself」から、日本のバンドとは思えない明瞭な英語の発音による歌唱が始まる。アルバム全体がほぼ英語の歌詞であり、わずかに入る日本語も英語によるリズム感に自然に溶け込む。日本のロックは日本語の歌詞に一部英語を加えてきたが、ワンオクは真逆、あるいは100%英語の歌詞だ。彼らのメッセージは英語圏をはじめ世界中の人々にダイレクトに伝わる。


ONE OK ROCK – SAVE YOURSELF [OFFICIAL VIDEO]

Takaの歌がうますぎる。デジタル的といえるほど音程の移動やフレージングが精確だ。同時にエモーショナルなのは、ロックの原点である衝動性を持つからだ。楽曲は懐かしさを感じさせる。ハードロックやヘヴィメタル、パンク、歌謡曲、それに演歌の遺産を吸収し、新たな典型としてのロックに昇華している。シンプルで明快な疾走感は、ギターとベース、ドラムスのソリッドなサウンドづくりによるものだ。

新たな音楽をリードする

ハイドンがオーストリアの小村に生まれた頃、西洋音楽の中心はイタリアやフランスだった。ハイドンは一大消費地のパリやロンドンでの公演を想定して交響曲の作曲に磨きをかけた。以後、オーストリアやドイツの作曲家が西洋音楽をけん引していく。一方、ロックはもともと英語をビートに乗せる音楽であるため、英米が本場と見なされてきた。ONE OK ROCKはその固定観念を打破し、世界に挑戦し続ける。日本が新たなロックをリードする可能性はある。

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池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
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