Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#033 ジャズの潮流を逆回転させるきっかけとなったハード・バップの“教科書”~ソニー・クラーク『クール・ストラッティン』編

ストラット(strut)とは「闊歩する」という意味の英語。そこに「イケてる」という意味のクール(cool)を付けて現在進行形にしたのが、本作のタイトル。

残念ながら、発売当時のアメリカ国内ではそれほど「イケてる」という評価を得なかったものの、海を渡って届けられた日本では大ブレイクして、“ハード・バップのクラシック(=古典)”と呼ばれるまでの別格扱いをされ続けている“名盤”です。

なぜ、本国と日本では極端といえるほど評価に違いがあったのか、その背景を考えながら、この“名盤”を聴き直してみましょう。


クール・ストラッティン/ソニー・クラーク

アルバム概要

1958年1月にスタジオで録音された作品です。

オリジナルはLP盤でリリースされ、A面に2曲、B面に2曲の合計4曲を収録。CD化の際にも同曲数同曲順でリリースされています。また、ボーナス・トラック2曲が追加されたヴァージョンもあります。

メンバーは、ピアノがソニー・クラーク、アルト・サックスがジャッキー・マクリーン、トランペットがアート・ファーマー、ベースがポール・チェンバース、ドラムスがフィリー・ジョー・ジョーンズという5人編成(クインテット)。

収録曲は、ソニー・クラークのオリジナルが2曲(『クール・ストラッティン』と『ブルー・マイナー』)、マイルス・デイヴィス作曲の『シッピン・アット・ベルズ』、スタンダード・ナンバーの『ディープ・ナイト』という構成で、ボーナス・トラックの『ロイヤル・フラッシュ』はソニー・クラーク作曲、『ラヴァー』はスタンダード・ナンバーです。

“名盤”の理由

まず、当時の日本の音楽的な時代背景を確認しておきましょう。

第二次世界大戦後の日本で巻き起こったジャズ・ブームのピークは1953年。その後はカントリー・ミュージックやハワイアン、フォークなど洋楽全般が流行していったため、スウィングを軸としたジャズへの一般的な興味は薄らいでいました。

一方のアメリカでは、1950年代にビバップから発展したハード・バップのスタイルがジャズ・シーンを席巻。

そのハード・バップのスタイルのジャズが日本に上陸したのは、1961年1月に実現したアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの来日がきっかけでした。そこから巻き起こった新たなジャズ・ブームによって、日本でもハード・バップがメインストリームとなりました。

その背景に、日本のジャズ・ファンの耳と心を魅了した本作が存在し、ハード・バップのエッセンスを学ぶための最適なテキストとしての役割を果たしていたことが、“名盤”とされる第一歩に結びついているのではないかと推察できます。

さらに、当時の日本でアメリカのジャズ・シーンの動向を把握していたのは、数か月から数年遅れで輸入されるレコードに接していた一部のマニアだけという状況を考えると、“希少性”という意味で本作が特別視されるひとつの要因にもなっていたと思われます。

いま聴くべきポイント

20歳だった1951年にアメリカ西海岸のカリフォルニアを拠点に音楽活動を展開するようになったソニー・クラークは、自身のハード・バップのスタイルを活かすためにニューヨーク進出をめざします。

1957年、人気絶頂だった歌手のダイナ・ワシントンの伴奏者としての職を得てニューヨークへ移った彼は、すぐにその腕を見込まれてサポートとして多くのオファーを受けるようになり、本作を企画したブルーノート・レコードの目にも留まって、専属ピアニストのように起用されていきました。

ということは、少なくとも関係者のあいだでは「ソニー・クラークってイケてるよね」と思われていたはずなので、それがアメリカでの一般的なブレイクにつながらなかったのには別の理由があったことになるわけです。

ソニー・クラークの特色といえば、訥々とした哀愁漂うメロディーを紡ぎ出す右手と、リズミカルな和音をコンピングする左手の絶妙なバランスで、それがハード・バップというスタイルのなかで効果を最大に発揮する“武器”となっていたのですが、彼がニューヨークに移ってきた1950年代後半は、マイルス・デイヴィス・クインテットがモード・ジャズを打ち出したり、そこから独立したジョン・コルトレーンがシーツ・オブ・サウンドというコンセプトで走り出したり、他方ではフリー・ジャズが勃興したりと、ジャズの多様化が激しくなってきたタイミング。

はっきり言ってしまえば、ソニー・クラークはアメリカのジャズの流行に“乗り遅れた”と言わざるを得ないわけです。ところが、流行の“波”が時間差で届く当時の日本では、ジャストなタイミングだった──というところに、“名盤”となる発端があったのではないか……。

そして、日本におけるジャズの評価が、1980年代以降にアメリカへ逆輸入されるきっかけにもなったといえることが、現在の本作の“名盤”たるゆえんでもあると思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

SUGIZO

今月の音遊人

今月の音遊人:SUGIZOさん「音楽は人生そのもの。僕は音楽のために存在している」

1178views

音楽ライターの眼

弦の名手6人が織りなす濃密な音の世界/伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブルの夕べ Vol.2

5875views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

20363views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

23208views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12290views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

18025views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26462views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

17000views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11643views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

12496views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5289views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35011views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

11278views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37180views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

ジャズにビートルズを溶かし込んだギターとストリングスの魔術~『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』解説

4869views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

8651views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

9331views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

見ているだけでわくわくする!弾きたい気持ちにさせるエレクトーン

8590views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

17719views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

6440views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

23744views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8093views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28218views