Web音遊人(みゅーじん)

ソロ、室内楽、指揮と多彩な活動を展開するレオニダス・カヴァコスの新たな挑戦

ギリシャ出身のヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスはブラームスを得意としている。2017年にヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のソリストとして来日したときは、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏し、だれのまねでもない、“自分の音”を披露した。カヴァコスはそのときのインタビューで、近年指揮を始めたと語っている。その話題になると、がぜん目の光が増したような感じがした。幼いころから指揮者に憧れていたそうで、指揮に関する話はなかなか止まらず、「すみません、指揮の話になるとヴァイオリンのことよりもたくさん話したくなってしまって……」と苦笑していた。

「昔のオーケストラはそれぞれの音をもっていました。でも、いまはいずれのオーケストラもテクニックは昔よりも優れているかもしれませんが、音の特徴は薄れてきてしまった。私はそれを取り戻したいのです。もちろん、ヴァイオリンでも特別な音を奏でたい」

その指揮に関しては、すでに各地のオーケストラを振り、オファーが絶えない状況だ。

アテネ在住のカヴァコスは音楽一家の生まれで、現在もアテネを拠点にしている。いまは世界中を飛び回る超多忙な身だが、2017/18シーズンは、アムステルダムのコンセルトヘボウと、ウィーン楽友協会のアーティスト・イン・レジデンスを同時に努めている。
そのカヴァコスが2021年10月20日、久しぶりに来日し、東京オペラシティコンサートホールでリサイタルを開いた。プログラムはオール・ブラームスで、ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」、第2番、第3番(ピアノは萩原麻未)。

まず、「雨の歌」が滋味豊かな響きとゆったりとしたテンポで始められ、カヴァコス特有の渋く落ち着いた詩的な世界が展開される。とりわけ第2楽章の「アダージョ」が心に深く響く。第2番はおだやかで明るい空気が横溢する作品で、作曲家がアルプスの山並みを眺めながら曲作りをした様子が伝わってくる。第3番は親友の死が影響し、内省的かつ諦観の音色が色濃く表現されたソナタ。こうした曲想こそカヴァコスの独壇場。ブラームスの重厚で深遠な音色をていねいに紡ぎ、ピアノとの対話をじっくりと進めていく。

カヴァコスの演奏は真のヴァイオリン好きに愛されるもの。派手な動作や華麗な超絶技巧とは距離を置き、作品にひたすら寄り添う。それゆえ、充実感に満たされた一夜となった。

新譜は「ついに登場した!」という思いが募るJ.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」(全曲、ソニー)。カヴァコスの長年に渡る研鑽と研究と分析と「神への感謝」が凝縮した印象深い演奏。何度も繰り返して聴きたくなる愛聴盤の登場である。

もう1枚はピアノのエマニュエル・アックス、チェロのヨーヨー・マとの「ベートーヴェン・フォー・スリー」(ソニー)。交響曲第2番(ベートーヴェンの弟子フェルディナント・リース編にベートーヴェンが修正を施したもの)と交響曲第5番(コリン・マシューズの新編曲)という画期的な選曲。聴きなれたシンフォニーが、3人の名手の手にかかり、新たな生命を帯びたようなみずみずしい作品として蘇り、ベートーヴェンの偉大さを伝えてくれる。

今後もカヴァコスの挑戦に目が離せない。

■インフォメーション

アルバム『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)』

発売元:ソニークラシカル
発売日:2022年2月9日
詳細はこちら

アルバム『ベートーヴェン・フォー・スリー~交響曲第2番&第5番「運命」』

発売元:ソニークラシカル
発売日:2022年3月2日
詳細はこちら

レオニダス・カヴァコス オフィシャルサイト

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

facebook

twitter

特集

塩谷哲

今月の音遊人

今月の音遊人:塩谷哲さん 「僕の作る音楽が“ポップ”なのは、二人の天才音楽家の影響かもしれませんね」

4648views

クリストーン“キングフィッシュ”イングラム

音楽ライターの眼

名門アリゲイターから“現代ブルース・ギター四天王”登場/クリストーン“キングフィッシュ”イングラム、トロンゾ・キャノン、セルウィン・バーチウッド、クリス・ケイン

730views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

11907views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

56674views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10835views

オトノ仕事人

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

18147views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

14664views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7658views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15116views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

6963views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4987views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30786views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17476views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10314views

ホーカン・ハーデンベルガー

音楽ライターの眼

「地上で最高のトランペット奏者」と評されるその演奏に恍惚とする/ホーカン・ハーデンベルガー トランペット・リサイタル

12488views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

3923views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7281views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

13662views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

14664views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4910views

エレキベース

楽器のあれこれQ&A

エレキベースを始める前に知りたい5つの基本

5101views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7021views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10311views