Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#022 メンバーの死を乗り越えて拓いたピアノ・トリオの深化形~ビル・エヴァンス『ムーンビームス』編

当シリーズ第1弾でも登場したビル・エヴァンスのトリオ作品。

とはいえ、同系統でも続編でもなく、まったく別のピアノ・トリオによる作品、と言っても過言ではないところが、ジャズのジャズたるゆえんだったりするんじゃなかろうか、と思ったりするわけです。


The Bill Evans Trio – Re: The Person I Knew (Official Visualizer)

アルバム概要

1962年5月から6月にかけてスタジオで収録され、オリジナルはA面に4曲、B面に4曲を収めたLP盤でリリースされました。

メンバーは、ピアノがビル・エヴァンス、ベースがチャック・イスラエル、ドラムスがポール・モチアンの3名による編成。

“名盤”の理由

本作の録音データを見ると、ビル・エヴァンスはこの時期に4回に分けてトリオを率いてスタジオに入り、アルバム2作分以上のテイクを残していました。

そのなかからミドル・テンポ以下(クラシック音楽で言うところの“アダージョ”でしょうか)の曲を並べたのが本作で、その耳当たりの良さが本作を“名盤”に押し上げる最大の要因だったと思います。

加えてもうひとつの要因として、トリオのメンバー・チェンジが伝えられ、どうなることかと心配していたジャズ・シーンを納得させる内容だったことがあると思います。

1959年リリースの『ポートレイト・イン・ジャズ』でジャズのピアノ・トリオに革新的なスタイルをもたらしたビル・エヴァンスは、同トリオで1961年2月にスタジオで『エクスプロレイションズ』を収録。同年6月にはニューヨークのジャズクラブ“ヴィレッジ・ヴァンガード”に出演して、当シリーズでも取り上げた『ワルツ・フォー・デビイ』、そしてもう一枚の『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』のライヴ・レコーディングを行なっています。

いま挙げたアルバムはすべて、ベースのスコット・ラファロとドラムスのポール・モチアンとのトリオによるもので、ビル・エヴァンスはこの時期における彼のサウンド・アイデアを具現できる、“最高の自身のトリオ”という異次元のサウンド・システムを手に入れていたのです。

ところが、1961年7月6日にスコット・ラファロが交通事故により世を去るというアクシデントが発生。ビル・エヴァンスは数か月にわたって演奏ができなくなるほどショックを受けたことが、周囲の証言によって伝えられています。

そして、この出来事がトリオに与えた大きな喪失感を、ビル・エヴァンス本人はもとより、ジャズ・シーンも受け容れることができないのではないかと憂慮するような状況だったわけです。

しかし、それは杞憂に終わりました。

ビル・エヴァンスは完全復活──というか、生まれ変わって深化させたピアノ・トリオ・サウンドを提示し、シーンもそれに反応したからです。

その最大の功労者は、当時若冠25歳のベーシスト、チャック・イスラエルでした。

いま聴くべきポイント

チャック・イスラエルは“スコット・ラファロの死がもたらした穴”を埋めたわけではなく、ビル・エヴァンス・トリオを新たなサウンド・システムへと導くきっかけを作った、と考えるべきなのです。

スコット・ラファロによるトリオは、彼のベース・プレイ・スタイルが先鋭的であることを活かす意味もあって、ピアノのメロディとぶつかり合いながら“音楽を成立”させることを厭いませんでした。

これはある意味、ビバップのオリジネーターであるチャーリー・パーカーやバド・パウエルといった“天才”たちが“個人芸”としてやっていたことを、リアルタイムでリミックスしてしまおうという試みだったのかもしれないと思うのです。

そしてそれは、スコット・ラファロというベーシストの“個人芸”を活かした“試み”であり、その“試み”は一定の成果を得ることができたわけですが、彼を失ってなお追い求めるべきものなのかという迷いがあったのではないか──。

ビル・エヴァンスがその試練を乗り越えて、次の“試み”を見つけたことが本作で明らかになったことを、シーンも歓迎したのではないか、と考えてみたわけです。

もちろん、本作全体を覆う“リハビリテーション感”とも表現すべき“ゆったりとした空気感”に共感するリスナーが、いまも昔も多いからなのだろうということを、無視することはできないのですが……。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

大江千里 さん- 今月の音遊人 

今月の音遊人

今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」

17253views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.9

3172views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

134216views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

23117views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10875views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

3276views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14508views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9053views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8628views

横浜レンタル倉庫(YRS)

われら音遊人

われら音遊人:目指すはフェス! 楽しみ、楽しませ、さらなる高みへ

1870views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5786views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10371views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

5413views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20131views

音楽ライターの眼

ドヴォルジャークの真の魅力に出合う一冊

5757views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

9415views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

5992views

CLP-800シリーズ

楽器探訪 Anothertake

グランドピアノの演奏体験を全身で感じられる電子ピアノ── クラビノーバ「CLP-800シリーズ」

2204views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10779views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5018views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

46480views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14373views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26118views