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今月の音遊人:藤井フミヤさん「音や音楽は心に栄養を与えてくれて、どんなときも味方になってくれるもの」
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連載20[多様性とジャズ]多様性を問うジャズの“墓碑銘”だった『ミンガス』というアルバム
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2022.10.26
もう1枚の『ミンガス』とタイトルされたアルバムとは──。それは、ジョニ・ミッチェルが1979年に発表したものだ。
ジョニ・ミッチェルは1943年生まれのシンガーソングライターで、数々のヒット作を世に送り出し、米音楽誌『ローリング・ストーン』が“史上最高のソングライターの1人”と讃えたアーティスト。近年は難病のため表舞台から遠のいていたが(脳血管疾患も併発していたようだ)、つい最近の2022年7月に米ロードアイランド州で開催されたニューポート・フォーク・フェスティバルのステージに姿を現わして13曲を披露、大きな話題を呼んでいた、レジェンドである。
1960年代半ばにフォーク・シンガーとして音楽活動をスタートさせた彼女は、世界的な認知を得た1970年代初頭あたりからエレクトリック・サウンドへ傾倒していった。ちなみに、1960年代に“フォークの貴公子”として一世を風靡したボブ・ディランはいち早く1965年あたりの録音からエレクトリック・ギターを使用、“フォークを裏切る行為”と非難されていたが、ジョニ・ミッチェルが取り入れるころには(もちろん保守的にアコースティックなスタイルを貫くミュージシャンもいたけれど)抵抗が少なく、自分の音楽世界を広げるツールとして取り入れる環境が整っていたことがうかがえる。
トム・スコット(サックス)、ラリー・カールトン(ギター)、ウィルトン・フェルダー(ベース)といったジャズ系のスタジオ・ミュージシャンの登用にも積極的で、1975年リリースのアルバム『The Hissing of Summer Lawns(邦題:夏草の誘い)』収録の『ジャングル・ライン』では、後のロック・シーンに多大な影響を与えるサンプリング技巧を凝らした曲づくりを見せるなど、ジャンルレスな活動に移行したのがこの時期だった。
翌1976年リリースのアルバム『Hejira(邦題:逃避行)』ではフュージョン寄りのサウンドを強く打ち出し、『Don Juan’s Reckless Daughter(邦題:ドンファンのじゃじゃ馬娘)』(1977年)、そして『ミンガス』は、彼女の音楽的経歴のなかで最もジャズ寄りと言われるサウンドをまとった内容になっている。
この3枚はファンのあいだで“ジョニ・ミッチェルのジャズ三部作”と呼ばれ、ライヴ盤の『シャドウズ・アンド・ライト』(1980年)を加えて、“史上最高のソングライター”が最もジャズに興味をもっていた時期に制作された作品群となるのだが、その中心に、チャールズ・ミンガスという存在があったと考えたのが、本稿をまとめる“前奏”となる。
事の発端は、社会事象に鋭い視点で切り込んだ歌詞を発表していたジョニ・ミッチェルに注目したミンガスがもちかけたコラボレーションだった。これは実現しなかったが、ジョニもミンガスからのアプローチを歓迎し、提供された楽曲に歌詞を付けるなどの制作を進める。アルバム冒頭に収録の『Happy Birthday 1975』という、プライヴェート録音音源をそのまま使用した1分弱のトラックが示すように、すでに1975年には接点があったようだ。
ところが制作は難航してしまい、メンバーも大幅な入れ替えがあっただけでなく、6曲提供されていたといわれるミンガスの曲も収録は3曲のみとなって、しかもミンガスの生前に発売が間に合わない(ミンガスの逝去が1979年1月5日、アルバム発売が同年6月)という結果に至ってしまう。
とはいえ、内容は“ジャズ三部作”の中心的メンバーだったジャコ・パストリアス(ベース)をフィーチャーして、マテリアルとしてのミンガス・ミュージックを見事に“時代の音楽”へと変換させることに成功している。“時代の音楽”とは、リリース時である1979年に隆盛を誇ったアダルト・コンテンポラリー・ミュージック、フュージョンの要素をたっぷりと盛り込んだ、という意味だ。
同時期のメンバーに重複が多いウェザー・リポートの作品と聴き比べてみるのもおもしろいだろう。
1980年代以降、特に黒人差別に関するような政治的な主張を盛り込んだ音楽はラップに取って代わられていった。ジョニ・ミッチェルのアルバム『ミンガス』は、音楽を通して当稿のテーマである“多様性”を発信しようとしてきたチャールズ・ミンガスの“遺言”にある意味で代わるものであり、ジャズにおけるプロテスト・ミュージックの“墓碑銘”と呼べるものになるのではないかと思い、紹介することにした。
多様性を理解するためには、少ない経験値やそれによってもたらされる先入観による非合理的な心理現象であるバイアスを、少しでも取り除いていく努力が必要だと感じている。そんな地味な作業を、ジャズに親しみながらできるのだとしたら、やはりミンガスに感謝しなければならないだろう。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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