Web音遊人(みゅーじん)

ロイクソップ『プロファウンド・ミステリーズ』三部作がいざなう時空を超えたタイム・ワープ

ロイクソップが2022年を通して発表してきた壮大なプロジェクト『プロファウンド・ミステリーズ』三部作が、『プロファウンド・ミステリーズIII』でいよいよ完成となる。

1998年にノルウェーでスヴェイン・ベルゲとトルビョルン・ブラントンの2人によって結成。デビュー・アルバム『メロディーA.M.』(2001)のエレクトリックなダンス・ビートとアンビエント/ポスト・ロック的アプローチが交錯する色彩豊かな音楽性で一気に世界のポップ・シーン最前線に躍り出た彼らはイギリスやヨーロッパ、さらには日本でも人気を獲得し、2003年から複数回フジ・ロック・フェスティバルで大観衆を前にプレイするなど支持されてきた。

5枚目のアルバム『ジ・インエヴィタブル・エンド』(2014)を最後に「伝統的なアルバムという単位では作品を発表しない」と宣言。もちろん音楽活動は継続、フランツ・カフカの戯曲の抜粋をソルビョルン・ハール(『ヴァイキング 海の覇者たち』)とヤン・グンナー・ロイゼ(『遊星からの物体X ファーストコンタクト』)というノルウェーの俳優たちによるシアター・パフォーマンスとのコラボレーション『Kafka feat. Royksopp』(2015)、ノルウェーの公共テレビ局“NRK”のニュース番組用ジングルの作曲(2015)、映画『スター・ウォーズ』の世界観を独自に解釈したコンピレーション『スター・ウォーズ・ヘッドスペース』(2016)への参加、過去のレア・トラックを発掘する『Lost Tapes』(2019-2021)プロジェクト、“TOKYOカウントダウン2020”でDJセットを行うなど、“アルバム”というメディアから解き放たれた活動でファンを喜ばせてきた。

ただ、それらはノルウェー国内限定だったり、複数アーティスト参加作品への参加だったりして、世界中のファンのニーズに応えるものとは言い難かった。彼らのニュー・アルバムを求める声は、日を追うごとに大きなものになっていった。

そして2022年、ロイクソップは期待をはるかに超えた形でファンの声に応えてくれた。『プロファウンド・ミステリーズ』は1枚のニュー・アルバムでなく、3枚の独立した作品。もちろん“伝統的なアルバム”との決別宣言を忘れたわけではなく、音楽とヴィジュアル・アートの第一線クリエイター達との全面コラボレーションというプロジェクトになる。

音楽面でフィーチュアリングされているのはゴールドフラップのアリソン・ゴールドフラップ、現代の“4AD”レーベルにおいて重要な一角を占めるシンガー・ソングライターPixx、ノルウェーのシンガー・ソングライターであるスザンヌ・サンドフォーとアストリドS、ジ・イレプレッシブルズのジェイミー・イレプレッシブルなど。いずれもロイクソップの音世界にナチュラルに融け込みながら、それぞれの個性で新たな色彩を加えている。

一方、三部作の全30曲すべてのショート・フィルムとヴィジュアライザーが制作され、バンドの公式YouTubeチャンネルで公開される。それらは異なったヴィジュアル・アーティストによって作られたものだが、ロイクソップの“クリエイティヴ・ルール”に則って制作されており、彼らの脳内で描かれたヴィジョンが映像化されている。

さらに『プロファウンド・ミステリーズ』第1作はリミックス・アルバムも発表されており、三部作からさらにイマジネーションの翼を拡げていく。

ポピュラー音楽史において稀有なスケールの『プロファウンド・ミステリーズ』は斬新な作風だが、先進性のみを追求するのでなく、世代を超えた音楽ファンを魅了する要素を伴っている。北欧ならではの憂いをたたえたメロディと身体が動くリズムは普遍的なものだし、アリソン・ゴールドフラップが参加する『インポッシブル』(『〜I』収録)と『ザ・ナイト』(『〜III』収録)は若干の懐かしさすらおぼえるエレクトロニック・ダンス・ポップだ。『ザ・ナイト』には彼らの出世曲『Eple(イープル)』を思わせるピコピコ音も入っていて、つい涙するオールド・ファンもいるかも。

さらに年季の入った音楽リスナーのツボを捉えそうなのは、『〜III』の約10分におよぶ『スピード・キング』だ(もちろんディープ・パープルとは無関係)。シンセ&ヴォコーダーをフィーチュアしたマイナー展開のこの曲は『ジ・インエヴィタブル・エンド』の『スカルズ』の延長線上にあるといえるが1970年代中盤、世界的なディスコ・ブームが到来する以前のユーロ・ディスコを彷彿もさせる。ドイツを拠点とするジョルジオ・モロダー、フランスのセローンを双璧として、ヨーロッパではスペースの『マジック・フライ』(1977)、バチオッティの『ブラック・ジャック』(1978)、ディー・D・ジャクソンの『オートマチック・ラヴァー』(1978)など、エレクトロ・サウンドを前面に押し出したダンス・ポップが流行。筆者(山崎)は当時ベルギー在住で、小学校低学年だったためクラブやディスコに通うには若すぎたが、近所のスーパーのBGMで慣れ親しんでいた。ロイクソップが結成されたノルウェーのトロムソには活発なテクノ・シーンがあり、数々のアーティストを輩出しているが、彼らも少年時代は地元のスーパーで聴いて育ったのかも知れない。

さらにいえば1970年代はDJによるレコードの“繋ぎ”の技術がまだ未開発だったこともあり、1曲がえらく長いことがあった。『スピード・キング』が10分近くあるのも、そんな時代を偲ばせたりする。

最前線でありながら懐かしい。ロイクソップの『プロファウンド・ミステリーズ』三部作は、聴く者を時空を超えたタイム・ワープへといざなう作品だ。

■アルバム『PROFOUND MYSTERIES III(プロファウンド・ミステリーズIII)』


発売元:BIG NOTHING
発売日:2022年11月18日
価格:2,750円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:Crystal Kayさん「音楽がなかったら世界は滅びてしまうというくらい、本当に欠かせない存在です」

2533views

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.6

音楽ライターの眼

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.6

5307views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカを進化させる「クリップ」が誕生

17257views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

4624views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

5444views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

8684views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

14956views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11070views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23566views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2059views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6009views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10428views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11740views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24738views

音楽ライターの眼

連載14[多様性とジャズ]傑作『ミンガス・アー・アム』に包括された3つの特色

1784views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

15469views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

8196views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

10593views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9350views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5930views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17331views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14462views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26192views