Web音遊人(みゅーじん)

コレペティトゥーアのお仕事

高い演奏技術と幅広い知識で歌手の表現力を引き出す/コレペティトゥーアの仕事(前編)

オペラの舞台作りにおいて、歌手が本番に向けて稽古をする際、ピアノ伴奏をしながら、主に音楽表現についてアドバイスを行う人をコレペティトゥーアと呼ぶ。日本ではあまり聞き慣れない職業だが、ヨーロッパではコレペティトゥーアから叩き上げて指揮者になる人も多く、舞台の仕上がりを左右する重要なポジションとして知られている。コレペティトゥーアとはどのような役割を担い、オペラ公演をどう支えているのか、藤原歌劇団に所属する浅野菜生子(なおこ)さんにお話を伺った。

オペラは、オーケストラをバックに歌手が歌いながら演技をする音楽劇だが、稽古の初期段階では、歌手はピアノ伴奏をバックに歌唱を行う。コレペティトゥーアはこの稽古の主導を握り、歌手と何度も稽古を重ねながら、歌唱のアドバイスをしたり、音程や外国語の歌詞の発音をチェックしたり、歌手がより深い音楽表現をするためのサポートをする。
ピアノ伴奏も、通常の伴奏とは異なり、本番のオーケストラの音楽をピアノで表現することが求められるため、伴奏用のボーカルスコアを譜面通りに弾かず、アレンジを加えるという。
「フルスコアをピアノ伴奏用に編曲したボーカルスコアでは、オーケストラの多くの音が省略されているので、作品の音源を聴いたり、フルスコアと照らし合わせたりしながら、必要に応じて音符を書き加えます。オーケストラのどの楽器がどういう奏法で弾くかによって、タッチやペダリングを変えたりもするんですよ」
さらに、指揮者によって異なるテンポの取り方や、細部の音楽表現も演奏に反映させるとか。
「本番の指揮者を補佐する副指揮者に質問したり、その指揮者の過去の演奏から音楽性を予測したりして、演奏に反映させています」

コレペティトゥーアのお仕事

(写真左)藤原歌劇団公演のオペラ『ルチア』の稽古のひとコマ。本番の指揮者を補佐する副指揮者(右)は主に感情表現などの演技指導を、浅野さんは発声やイタリア語の発音についてアドバイスを行った。(写真右)浅野さんが使っている、オペラのピアノ伴奏用の楽譜(ボーカルスコア)。この1册がオペラの1作品分の楽譜だ。譜面通りに弾くのではなく、必要に応じてアレンジを加えている。

コレペティトゥーアは、作品の音楽の全てを把握していなければならず、オペラの音楽や声楽に対する知識はもちろん、イタリア語やドイツ語などの外国語の知識、スコアリーディング、オーケストレーション(管弦楽の作・編曲法)、指揮法などの多岐にわたる知識、スキルが要求される。コレペティトゥーアを足掛かりに指揮者になる人がいるのは、こうしたことが理由でもある。

コレペティトゥーアは、歌手の「耳」の代わりになることも求められる。
「録音した自分の声に多くの人が驚くように、歌手自身が聴いている声と、周囲が聴いている声は同じではありません。コレペティトゥーアは歌手の声を客観的に聴き、受けた印象や、問題点があれば伝えなければなりません」
また、コレペティトゥーアは歌えなければならず、歌手が歌詞の暗譜稽古をするときは、ピアノを弾きながら相手役の歌を歌う“弾き歌い”をする必要がある。
「美しい声でなくてもいいので、堂々と歌うことが大切です。特に歌手に指摘をするときは、言葉で伝えることも重要ですが、歌手の歌声や歌い方を真似して再現するほうが、説得力がありますし、こちらの意図も伝わりやすいです」

コレペティトゥーアのお仕事

オペラ・アリア(独唱)コンサートのリハーサル風景。リサイタルの共演ピアニストも、浅野さんにとって大切な仕事のひとつ。

浅野さんが考える理想のコレペティトゥーアは「ピアノを弾くデータベースおよび辞書」。音楽のことはもちろん、作品の文学的な側面や時代背景、舞台美術など、あらゆる質問に答えられる準備をしておかなければならない。加えて、稽古を通して歌手と深く付き合うことになるため、オペラ公演とは関係ないところで歌手から相談される機会も多くなる。
「歌手がオーディションやコンクール、リサイタルに臨むとき、選曲について相談されることもあるので、オペラのアリア(独唱)だけでなく、歌曲、宗教曲など、声楽のレパートリーについての幅広い知識が必要です。過去の著名な指揮者・歌手の演奏の情報や、今どういった演奏スタイルが求められているかについても押さえておくべきですし、いくら勉強しても足りることはありません」

常に冷静な判断、客観性が求められ、稽古期間から公演中は作品にどっぷり浸かるが、公演が終われば次の作品へ向けて頭を切り替えなければならない。以前、フランス革命を題材にしたプーランクの『カルメル派修道女の対話』に携わったときは、公演が終わっても頭の中で音楽が鳴っていたそうだが、通常は公演が終わって数日経てば、作品が頭から抜けるそうだ。
「自分が携わった作品はどれも思い入れがありますが、多くの作品に携わるという職業柄もあり、ひとつの作品を引きずることはありませんね」

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