Web音遊人(みゅーじん)

ボーカロイド

開発から20年を超えて進化しつづけるボーカロイドの文化を知ろう

「今さら聞けない、ヤマハのボーカロイドの世界」と題したメディア向けの説明会が、浜松市のヤマハ株式会社本社で行われた。近年、VOCALOIDTM(ボーカロイド)での活動を経て飛躍したアーティストが目立ち、若者から熱い支持を受けるジャンルであるが、実は開発から20年もの歴史をもつ製品でもある。ボーカロイドという言葉自体、さまざまな場面、文脈で使用されており、情報を整理するうえで有益な企画となった。登壇したヤマハ株式会社電子楽器事業部電子楽器戦略グループの担当者の説明をもとに、ボーカロイドの世界を紹介する。

VOCALOIDとは「技術」と「ソフトウェア」

説明会ではまず、「ボーカロイド」という言葉の整理から始まった。
ボカロ、ボーカロイドという言葉は現在、さまざまな場面で使用されている。例えば、ボーカロイドの楽曲を意味するボカロ曲、ボーカロイドの楽曲制作者を表すボカロPといった言い方のように楽曲やジャンルを示す場合が目立つ。また、初音ミクなどのキャラクターやゲームを指すこともある。
本来の定義は、「ヤマハ株式会社が2003年に開発した、歌詞とメロディ(楽譜情報)を入力するだけで楽曲のボーカルパートを制作できる歌声合成技術および、その応用ソフトウェア」というもの。技術の名称、およびそれを使用したソフトウェアを呼称している。

では、どういうことができる技術で、何ができるソフトウェアなのだろうか。それは、歌詞とメロディを入力するだけで、歌声を作り出す、つまり、楽曲のボーカルパートを作成することができる技術であり、ソフトウェアともいえる。例えれば、「パソコンの中にバーチャルなボーカリストがいるようなイメージ」。生身の人間のボーカルをレコーディングしなくても、パソコン一つで ボーカル曲が作成できるのだ。
現在は、80種類以上のボイスバンク(説明は後述)のラインアップから好きなボーカリストを選択することが可能。このボーカロイドによって「周りに気軽に頼めるボーカリストがいない」「曲ごとにボーカルを使い分けたい」というユーザーの問題を一気に解決することができる。それがVOCALOIDという画期的なテクノロジーだ。

使用する際は、「ボーカロイドエディターソフト」と「ボイスバンク」と呼ばれる歌声ライブラリーを併用する。「初音ミク」は、このボイスバンクの一つである。もっとも、ボイスバンクだけを買っても歌わせることはできない。「ボーカロイドエディターソフト」と「ボイスバンク」の関係は、<ゲーム機本体>と<ゲームソフト>の関係性を思い浮かべれば分かりやすい。例えば「Nintendo Switch」がエディターにあたり、「ポケットモンスター」などのゲームソフトがボイスバンクと考えることができる。
ユーザーはまずエディターを購入し、その後は好きなボイスバンクを購入し、どんどん好きなボーカリストを追加していくことになる。

開発から20年、歴史は息長く幅広い展開に

では、歌声を気軽に作り出すことができるボーカロイドはどのような歴史を経て、現在に至っているのだろうか。
シンセサイザーを代表として、ギター、ドラム、管楽器やバイオリンに至るまで、あらゆる楽器が電子楽器化されてきた中で、2000年当時、唯一残された領域と言えるものが、「歌声」だった。実は1960年代から先人たちによってその試みは続けられてきたが、なかなか実用化までには至らなかった。そんな中、ヤマハが初めて歌声合成の取り組みを始めたのは1997年のこと。
その後、開発が本格化したのは2000年。03年にはドイツ・フランクフルトの世界最大の楽器ショー、MusikmesseでVOCALOIDが発表され、翌年に発売(現在はVOCALOID1と呼称)。07年発売のVOCALOID2で、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が開発した「初音ミク」がボイスバンクに加わったことで、一気に認知が広まった。初音ミクの初期の代表曲と言える『メルト』が発表されたのも同年12月のことで、07年はボーカロイド史におけるターニングポイントになった。

その後、ニンテンドー3DS、ソニーのPSPなどゲーム機とのコラボレーションが行われ、NHKスペシャルで話題になった「AI美空ひばり」にもVOCALOIDの技術が使われるようになった 。こうした社外とのコラボのほか、学校教育用の「VOCALOID教育版」、音源部分にVOCALOIDエンジンを搭載した「VOCALOID Keyboard」、歌って話す“うたロボ”「Charlie」など社内での展開も経ながら順調に成長し、2022年にはVOCALOID6がリリースされた。
ボーカロイドといえば最近の若者文化ととらえられがちだが、実は約20年もの歴史がある息の長い製品であるのだ。

人気アーティストを続々輩出

今や、ボーカロイドは、技術やソフトウェアという定義から発展し、「ボカロ文化」と呼ばれるなど、さまざまに派生する文化の起点となっている。例えば、ボカロ曲、ライブ、歌舞伎、ゲーム、広告、イラスト、漫画、コスプレといった多種多様なジャンルに関連が及び、さらに「歌ってみた/弾いてみた」という動画投稿サイトなどにおけるカバー文化にも広がっている。前述したように、ボーカロイドという言葉が多くの意味を含んでいるのは、こうしたボーカロイド文化圏の広がりに起因している。

では、なぜ、ここまでボーカロイド文化が広がったのか。その一因は、初音ミクのようなキャラクターについて、それぞれのライセンス保有者によって自由な二次創作が開放されているということが大きな理由となっている。ユーザーは初音ミクなどのキャラクターを自分なりの作風で自由に発表することができるため、それぞれのキャラはイラスト、動画、フィギュア、コスプレなどとして、動画投稿サイトなどで多彩に表現されてきた。
また、ユーザー同士のコラボレーションが多いのもボーカロイド文化の特徴で、「歌ってみた/弾いてみた」などの派生文化を含め、さらに新しい作品が生まれ続けるという好循環が生まれ、楽曲だけにとどまらない独自の文化が形成されてきた。
つまり、ボーカロイドを起点として、ジャンルを超えてクリエイター同士がコラボレーションを繰り返し、コミュニティーを形成することにより、独自の文化圏を形成していったといえる。一本のボカロ曲の動画を作成するためにも、作曲/作詞/演奏/ミックス/マスタリング/絵師/動画師など多くのクリエイターが関わっている。互いに刺激を与えながら好循環を繰り返しているのだ。

そして、近年の盛り上がりに関しては、ボーカロイド出身の著名アーティストの躍進がある。ボーカロイド文化圏での活動をバックグラウンドに持つ有名アーティスト──米津玄師やYOASOBI、「歌ってみた」出身でボーカロイド愛を公言するAdoらが華々しい活躍をみせ、さらに彼ら彼女らに憧れる若年層が増え、理想的なスパイラルはさらに進んでいる。
今後も新たな才能による参入が進み、より規模が拡大し、ボーカロイド文化が一層拡大していくことが予想される。こうした状況を反映して、VOCALOIDやその開発チームは2022年、グッドデザイン賞の「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」や講談社の「野間出版文化賞」を受賞するに至っている。

最近は、ヤマハだけでなく競合製品の登場が、こうした盛り上がりに拍車をかけている。例えば、初音ミクを有するクリプトン・フューチャー・メディアは独自のエディターソフトを発売したり、また、「可不」という流行のキャラクターを有するCeVIO AIなどの新しい製品も登場したりと、近年の歌声合成ソフトウェア市場はかつてない盛り上がりを見せている。市場は群雄割拠の様相だが、ヤマハとしてはVOCALOID以外の歌声合成ソフトを使ってボーカロイド文化に触れるクリエイターが増えることは、DTM市場のさらなる成長のチャンスだと捉えている。

多彩な進化を遂げ、英語もハモリも自在に

2022年10月13日に、VOCALOIDシリーズの最新版となる「VOCALOID6」がリリースされた。旧バージョンのVOCALOID5から4年3か月を経ての登場だ。説明会で流されたプロモーションビデオでは、日英男女のボーカルの音声が実に自然で、4人が見事にハーモニーを奏で、さらに英語歌詞も交えて歌っていた。
このVOCALOID6の大きな特徴の一つは、一つのボイスバンクで英語による歌詞入力が可能で、日英中の3か国語を歌わせることができること。また、新開発の「VOCALOID:AIエンジン」を搭載して、過去と比べるとナチュラルな歌声の合成を実現している。さらに、Take機能という新しい機能を搭載して、ハモリを簡単に制作できるようになった。加えて、アクセントやビブラートといった歌唱表現を素早く付けられる編集ツールが便利で、ARA2対応で音楽を作るソフトとの連携も可能となっている。
中でも、目玉機能と言えるのが、VOCALO CHANGER。これは、自分が歌った音声データをAIボイスバンクが歌ったように作り直すことができるものだ。

発売から20年を経て、さらなる進化を遂げた最新版VOCALOID6。表現はより豊かに、操作はより快適になったことで、新規ユーザーも増え、ボカロ文化はますます発展していくことだろう。
VOCALOIDオフィシャルサイト
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