Web音遊人(みゅーじん)

伊藤亮太郎、横溝耕一、横坂源、辻本玲、大島亮、柳瀬省太

名手6人の個性も光る、アンサンブルの妙/伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブルの夕べ~弦と弓が紡ぐ馥郁たる響き~

札幌交響楽団を経て、2015年からNHK交響楽団のコンサートマスターを務める伊藤亮太郎。彼を中心とした弦の名手6人による豪華な室内楽の夕べを聴いた。プログラムは、ロマン派の系譜に連なる美しく聴きごたえのある3曲。前半は、ドホナーニの「弦楽三重奏曲〈セレナード〉」と、ドヴォルザークの「弦楽五重奏曲第3番」が演奏された。

前者は、ハンガリー出身の作曲者の初期傑作のひとつ。伊藤、柳瀬省太(読売日本交響楽団ソロ・ビオラ奏者)、横坂源(チェロ)によって演奏された。第1楽章の行進曲は、3楽器が艶やかな音色でハンガリー風のうねるような旋律を巧みに歌い継いで幕開け。この均整美に溢れた音楽作りはその後も一貫し、中間部でビオラとチェロが激しい対話を交わす第2楽章や、3楽器が絶えず熱狂的にうごめく第3楽章でも、空手の型を見るような横坂のキレが随所で光る、いい意味で周到に計算されたアンサンブルに魅了された。憂いのある主題が複雑に展開する第4楽章の変奏曲では、屋久杉の森を歩くような幽玄な音世界を現出。最後の第5楽章は、音色もアンサンブルもさらに精彩を増した大団円で結ばれた。

伊藤亮太郎、横坂源、柳瀬省太

続く後者は、故郷ボヘミアを離れて渡米したドヴォルザークが、有名な「交響曲第9番〈新世界より〉」や「弦楽四重奏曲第12番〈アメリカ〉」と同時期に、極めて短期間に作曲。編成は弦楽四重奏+ビオラで、ステージには、伊藤、横溝耕一(N響バイオリン奏者)、柳瀬、大島亮(神奈川フィルハーモニー管弦楽団首席ビオラ奏者)、辻本玲(日本フィルハーモニー交響楽団ソロ・チェロ奏者)が並んだ。
バイオリンに横溝、ビオラに大島が加わったことや、チェロが横坂から辻本に交代したこともあり、この2曲の聴き比べを通じて楽器や奏者の個性を明快に感じられたように思う。例えば、明るい円舞曲風の音楽が次第に盛り上がる第1楽章において、視野が広く安定感のある音楽性でアンサンブルの中核を担った柳瀬。第2楽章のスケルツォを若々しく哀愁たっぷりな歌心で彩った大島。横溝の美しく潤いのある音色が光った第3楽章の変奏曲。旋律の緩急が次々に入れ替わる第4楽章のフィナーレを、終始温かい包容力で支えた辻本。全楽章を通じて、親密で親しみやすい本作の真髄を存分に堪能させてくれた。

伊藤亮太郎、横溝耕一、辻本玲、大島亮、柳瀬省太

そして、出演者全員による後半の演目は、20代のブラームスが瑞々しい情熱で綴った「弦楽六重奏曲第1番」。個性と実力を備えた名手5人を、伊藤はN響で見せるのと同様な知的で自然体の統率力でまとめ上げ、重厚で深みのあるアンサンブルを展開してみせる。聴きどころは全4楽章と言い切れるほどの秀演だったが、特に素晴らしかったのが第2楽章。第1ビオラ(柳瀬)が奏でるニ短調の力強い主題で始まる6つの変奏曲を、6人が卓越したアンサンブルでロマンティックに織り上げてゆく姿は、この公演のサブタイトル“馥郁たる響き”をみごとに体現していた。

伊藤亮太郎、横溝耕一、横坂源、辻本玲、大島亮、柳瀬省太

 

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

 

特集

今月の音遊人 横山剣

今月の音遊人

今月の音遊人:横山剣さん「音楽には、癒やしよりも刺激や興奮を求めているのかも」

9336views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#035 既存ジャズのセオリーを打ち破って生まれたヒーリング・ミュージック~チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』編

2336views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

自宅で一流アーティストのライブが楽しめる自動演奏ピアノ「ディスクラビア エンスパイア」

63850views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

9188views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5503views

重田克美

オトノ仕事人

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

10934views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13081views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12248views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

24785views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

10967views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6540views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

27938views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

9781views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9413views

音楽ライターの眼

ブルースの伝統を未来へと受け継ぐ2大アーティスト、クリストーン・“キングフィッシュ”・イングラム&セバスチャン・レイン

11271views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

38743views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2720views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

5100views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

16061views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5409views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12532views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12248views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34610views