Web音遊人(みゅーじん)

大江千里 さん- 今月の音遊人 

今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」

シンガー・ソングライターとして日本で確固たるキャリアを築きながら、アメリカでジャズピアニストに転身した大江千里さん。2008年から暮らすニューヨークの空気を運んでくれるかのように、音楽への思いをとびきり陽気に語ってくれました。

Q1.これまでの人生の中で、一番多く聴いた曲は何ですか?

バッハのインベンションですね。その中でも、シンプルで一番基本となる「1番」です。ピアノを学ぶ上での入り口であり、いまだに完璧に覚えているほど刷り込まれています。
ジャズピアニストになった今改めて思うのですが、バッハはジャズに通じる部分があって、無駄がなく、構成力があって、バリエーションが豊か。また、スペースの作り方がすごくうまくて、ボイシング(和音の構成)が素晴らしい。そして、実際に移動している音域より、音感的にはもっと膨らんでいるようなイメージをもたらしてくれるんです。ある意味、ポップス的ともいえますね。その手法は、僕がかつて光GENJIに提供した『太陽がいっぱい』という曲で、応用させてもらっています。アイドル歌手なので、歌える音域は限定されてしまうのですが、その中でキャッチーに聴こえるように転調を多用して、ガラッとイメージが変わるようにしてみたんです。
インベンションは本当にミニマムだけど、美しい。そして、深くて難しい。ポップスの要素もジャズの要素も、もちろんクラシックという素晴らしい芸術の極意も入っていますし、ちょっぴりレゲエっぽいフレーズも感じます。本当に盛りだくさんで“ありがとう”って感じですよね。

Q2.大江さんにとって「音」や「音楽」とは?

音に耳が敏感なんです。だから、タクシーに乗った時などは耳を休ませたくて、BGMをかけないでくださいとお願いしているんです。家でも、音楽をなるべく流さないで過ごしていますね。必要があってネット上の音楽を聴き始めたりすると、一気に聴き漁ってしまうのですが、心地良いのは無音の状態なんです。
そもそも、日常生活にはただでさえいろいろな音の要素があふれていますよね。僕はそれにいちいち反応してしまうんです。例えば、ニューヨークのLトレインに乗ろうとする時、駅に入ってきた電車の車輪が線路とすれる音が「ア~ハハハハハハア~ラ~ア~ハ~ラ~ア~ハ~」と聴こえ、「あ、この音と音の間隔はメジャーセブンだ」という風にね(笑)。だから、無音になった時は、それを大きなスペースとして楽しみたい。無音の中にいる時の方がむしろ、ふとしたアイデアが湧いてくるんですよね。

大江千里 さん- 今月の音遊人 

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人をイメージしますか?

自分と音がつながることはもちろん楽しいですが、それ以上に、聴いてくれる人がいて、拍手や笑顔が返ってきて、音楽が回っていく瞬間が好きです。
以前、ニューオリンズでアフロアメリカンの常連さんばかり集うライブハウスで演奏した時のこと。全身全霊を込めて作った『answer july』という曲を弾いていたんですが、いかんせん転調が多い曲だから、なかなか客席の雰囲気が盛り上がっていかない。『聖者の行進』のような馴染みのあるノリのいい曲じゃないとダメなのかなと思っていると、突然マイケル・ジャクソンの『BAD』が大音量で流れちゃって!退屈した人がジュークボックスをいじっていたんですね。それでも、最後までめげずに弾いたのですが、パラパラとお義理のような拍手をもらっただけでした。やはり厳しかったな~と思いました。
その後、あるキーボーディストの方に「ニューオリンズでは踊れる曲じゃないとダメなんですよね」とアドバイスされて、気付きました。彼らにとっては、音楽は人生なんですね。街を練り歩いて演奏すれば、そこに1人、また1人と加わって音を重ね、踊りの輪が広がっていくような。実際、『上を向いて歩こう』を踊れるように弾いたら、洗濯板みたいな楽器を“ギーツァツァ”って鳴らしながら演奏に加わってきてくれる人がいたんですよ。
だから、その場の空気を読んだうえで、自分をなくさずに変わっていけることが大事なんだと思いました。子どもが多ければ『サザエさん』や『ドラえもん』の主題歌をジャズで弾いたらいい。大江千里のポップス時代のファンがいれば、当時の曲も弾けばいい。「自分がこうなんだ!」と言うばかりじゃなく、その時々の雰囲気に対応して音楽を生み出せる人が、「音で遊ぶ人」なんだと思います。

大江千里〔おおえ・せんり〕
シンガー・ソングライター。ジャズピアニスト。1983年シングル『ワラビーぬぎすてて』、アルバム『WAKU WAKU』でデビュー。翌年、CMソングに起用されたシングル『十人十色』のヒットで注目を集める。90年代も『dear/million kiss』『APOLLO』『格好悪いふられ方』など立て続けにヒットを記録。映画やドラマ出演など、さまざまなジャンルで活躍。2008年以降は、日本での活動を休止してニューヨークに移住。2012年にはジャズピアニストとしてデビュー、2016年9月には4作目となるアルバム『answer july』をリリースした。
大江千里オフィシャルサイト http://peaceneverdie.com/

 

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