Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#044 モダンジャズにおける“歌”というパートの意義を刻んだ名唱&名演~サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』編

#024に続いて登場の、サラ・ヴォーンの作品。

こちらは彼女の絶頂期に向かう1950年代半ば、#024『枯葉』の28年前にレコーディングされたものですが、比較するのであれば#030『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』であるべきなんじゃないかと思うのです。

というのも、上り調子のサラ・ヴォーンもさることながら、その1年半後に交通事故により25歳で亡くなったクリフォード・ブラウンの貴重な記録という意味の大きさが、ジャズ・シーンでは評価されていた影響が強いんじゃないか……。

なんて言うと、ヴォーカル・マニア方面から石が飛んできそうなので、しっかりと現在ならではの評価を考えてみたいと思います。


サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン+1

アルバム概要

1954年の年末にニューヨークのスタジオでレコーディングされた作品です。

メンバーは、ヴォーカルがサラ・ヴォーン、トランペットがクリフォード・ブラウン、テナー・サックスがポール・クイニシェット、フルートがハービー・マン、ピアノがジミー・ジョーンズ、ベースがジョー・ベンジャミン、ドラムスがロイ・ヘインズ、アレンジと指揮でアーニー・ウィルキンスがクレジットされています。

オリジナルはLP盤で、A面4曲B面5曲の合計9曲を収録。CD化では同曲数同曲順のほか、『バードランドの子守唄』の別テイクを追加した“+1”ヴァージョンがあります。

収録曲は、すべてジャズ・スタンダードとして知られる曲のカヴァーとなっています。

“名盤”の理由

先述のように、夭折した天才トランペッターの貴重な参加作品であることが、“名盤”入りへの大きなひと押しになっていることは否めないと思います。

では、本作におけるサラ・ヴォーンの評価の核心はどこにあったかというと、“モダンジャズに順応できたシンガーであったこと”だったと思うのです。

1950年代、ジャズはビバップを基調として発展した“モダンジャズ”と呼ばれるスタイルを磨き上げ、世紀を象徴する芸術として広く認められるようになっていました。

しかし、その主な牽引力が器楽演奏に拠っていたため、必ずしも歌唱は“モダンジャズ”のムーヴメントには必須なわけではないという見方が多かったのですが、そんな先入観を覆したのが、バリトン・ヴォイスでファンを魅了したビリー・エクスタイン。

1940年代半ばに彼がリーダーとなって結成したビッグバンドは、ビバップのオリジネーターたちの修練場として機能し、彼自身もまたポピュラー音楽とビバップのニュアンスの違いを吸収して自分の表現にしていったようです。

ちょうどそのころにプロとして活動を始めたサラ・ヴォーンが最も影響を受けたシンガーとして知られるのが、このビリー・エクスタインだというわけです。

ビバップからハード・バップへと先鋭化していくジャズ的な音楽のなかで、器楽奏者に伍して音楽を創ることのできる素養がサラ・ヴォーンには備わっていたため、器楽奏者たちと対等に“よりジャズ的なセッション”を行なえると目論んでレコーディングが企画された、と。

つまり本作は、サラ・ヴォーンという“ジャズ・シンガー”がいたからこそ誕生するべくして誕生した“名盤”だった、ということになるわけですね。

いま聴くべきポイント

収録曲『バードランドの子守唄』が歴史的な名テイクとして知られすぎているので仕方ないのですが、本作でクリフォード・ブラウンの功績に言及しすぎるのも「なんだかなぁ……」というのが、ボクの正直な現在の感想です。

前述のアルバム『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』は本作とほぼ同時期(1954年12月)に制作されていますが、こちらのほうがクリフォード・ブラウンのプレイが際立っていると思うからです。

アーニー・ウィルキンスが手がけた本作のアレンジは洗練さを感じさせる仕上がりで、参加メンバーのバランスを考えたソロの配置といい、『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』でのクインシー・ジョーンズの大いに外連味を感じるアレンジとは対照的です。

ニューフェースのヘレン・メリルを売り出すための企画と、モダンジャズを代表するシンガーとしての地位を固めつつあったサラ・ヴォーンのための企画という“違い”があったことは想像に難くないのですが、そのおかげで演奏メンバーそれぞれと互角に渡り合う“モダンジャズ・シンガー”サラ・ヴォーンの姿を堪能できる作品が生まれたことに、本作の“名盤”である意義があるのだと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

松井秀太郎

今月の音遊人

今月の音遊人:松井秀太郎さん「言葉にできない感情や想いがあっても、音楽が関わることで向き合える」

2767views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase7)ブーレーズとベリーのパラレルワールド、現代音楽はイノベーションのジレンマか

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase7)ブーレーズとベリーのパラレルワールド、現代音楽はイノベーションのジレンマか

1745views

サイレントブラス

楽器探訪 Anothertake

“練習”の枠を超え人とつながる楽しさを「サイレントブラス」

4552views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

314670views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10856views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

7700views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7342views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7681views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11575views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9788views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4675views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25618views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11061views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20095views

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

音楽ライターの眼

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』が予感させる旅路の終わり

1440views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

11858views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

5831views

楽器探訪 Anothertake

目指したのは大編成のなかで際立つ音と響き「チャイム YCHシリーズ」

11134views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22859views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

8036views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バイオリンの購入ポイントと練習のコツ

20688views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10999views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25618views