Web音遊人(みゅーじん)

ハーバード大学は「音楽」で人を育てる

「知力を鍛えるツール」として音楽教育を考え直すきっかけに/ハーバード大学は「音楽」で人を育てる

総合大学に音楽学科や音楽学校が設置され、年間1,000人以上の学生が音楽を履修しているというアメリカ。音楽以外の領域を学ぶ学生も音楽を積極的に学び、マルチな教養を身につけている。「21世紀のいま、アメリカの大学はふたたび音楽を学ぶ意義をとらえなおしている」(本書より)と指摘する著者、菅野恵理子は幼い頃からピアノを習い、イギリスで社会学を学んだ後に音楽ジャーナリストとして世界を巡った経験をもつ。アメリカの大学は「教養として音楽を学ぶことも含め、音楽を学ぶとは何か、芸術をとおして何を学べるのかを問いかけ、カリキュラムに反映している」と綴る。

本書ではまず、ハーバード大、スタンフォード大、ニューヨーク大、コロンビア大、マサチューセッツ工科大の「基礎教養としての音楽」がどのようなアプローチで科目として採用されているかを紹介していく。
全米最初の大学、ハーバード大学(1636年創立)の音楽学科設立は1855年。8つのカテゴリに大別される同大の一般教養科目のうち、「美学的・解釈的理解」というカテゴリに芸術関連科目が含まれ、文学、絵画、彫刻、建築などとともに音楽が含まれる。これを学ぶ目的は「それぞれの文化的表現を理論的かつ批判的に解釈し、芸術の世界と知的にかかわり合うこと」だという。

「初日~5つの世界初演」というハーバード大の授業例が面白い。モンテヴェルディ『オルフェオ』、ヘンデル『メサイア』、ベートーヴェン『第九』、ベルリオーズ『幻想交響曲』、ストラヴィンスキー『春の祭典』の初演時の新聞記事や評論などの資料から「批評的な音楽の聴き方を学ぶとともに、自分も世界初演を聴いたような疑似体験」をする。そして作曲家に新作を委嘱し、その世界初演を聴いて観賞後のリポートを提出し、1年の授業が締めくくられる。「世界初演に焦点を当てることによって、音楽史の重要な転換点について学び、初めて聴く音楽や新しい概念をどう受け止めるかの洞察力も鍛える」という。

コロンビア大では「思想や感覚の反映としての音楽」をコンセプトに、「音楽に表現されている人の思想や発想力」を学び、またニューヨーク大では音楽史や芸術史を「人間社会と芸術表現が時代によってどう変化し、相互に影響し合ったか」という社会学的視点でとらえる。音楽から未来を切り拓く発想のヒントを得ようという学びに、音楽科以外の学生もアプローチしているのだ。それは、義務教育での音楽科が削られている現実を前にする日本人にはとても新鮮に映る。

著者はこう記す。「(音楽は)知識としてだけでなく、それを生かす力、すなわち知力を鍛えるためのツールとしても学ばれている」と。そして、「音楽は社会にどのような影響を与えられるのか」「音楽家は社会にどう貢献していくべきか」という新たな問題提起が芽生えた、と投げかける。読者は「音楽と社会の接点は創っていける」という一文に励まされるだろう。音楽のもつ潜在的な可能性に思いをはせる力作だ。実際に音楽を学ぶ学生や実社会で活躍する人などへのインタビューが随所に織り込まれているのも興味深い。

■作品紹介

『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる──21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』
著者:菅野恵理子
発売元:アルテスパブリッシング
発売日:2015年8月20日
価格:2,000円(税抜)
ご購入についてはヤマハミュージックWebショップの本書のページをご覧ください。

 

特集

Chageさん「心から湧き出てくるものを、シンプルに水のように歌いたい」 Web音遊人

今月の音遊人

今月の音遊人:Chageさん「頭ではなく、心から湧き出てくるものを、シンプルに水のように歌いたい」

9825views

スパークス

音楽ライターの眼

ベテランなのに鮮度の高いロック・バンド、スパークスの魅力に迫る

12597views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

4296views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

23393views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

8999views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

42780views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8346views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7408views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12815views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

2128views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5164views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9904views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9588views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14709views

音楽ライターの眼

連載15[ジャズ事始め]上海=“ジャズの都”のイメージを決定的にした背景には2人の歌姫の存在があった

4402views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1424views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

4829views

楽器探訪 Anothertake

26年ぶりにラインアップを一新!「長く持っても疲れにくい」を実現し、フラッグシップモデルが加わったバリトンサクソフォン

3545views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

6682views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

5863views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

41352views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6652views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25066views