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今月の音遊人:由紀さおりさん「言葉の裏側にある思いを表現したい」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#068 フィーリングの変化を明示したジャズ・ピアノ・トリオの決定版~オスカー・ピーターソン・トリオ『ナイト・トレイン』編
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2025.9.5
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, オスカー・ピーターソン・トリオ
「ジャズに興味があるのですけれど、なにかオススメはありますか?」と聞かれることがあります。
個人的には現在の最前線で活躍しているミュージシャンの近作を推したいところなのですが、いきなりそこからだと“ジャズのハードル”を上げてしまうのではないかと躊躇することもしばしば。
ハードルを下げるには、知っている(音色を聞いたことがある)楽器であること、複雑な楽器編成ではないこと、選曲は耳なじみがあること──が必要だと考えて残った候補のひとつが、オスカー・ピーターソンの作品でした。
本作はそのなかでも“オススメ度の最右翼”とも言うべきものだったのですが、実はボク自身、「なぜこのアルバムはジャズを聴き始めた人に受け入れられやすいのか?」についての解をもっていませんでした。
改めて『ナイト・トレイン』の聴きやすさについての解を考えてみましょう。
1962年に米カリフォルニア州ロサンゼルス・ハリウッドのスタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面6曲B面5曲の全11曲)でリリースされ、カセットテープのヴァージョンもあります。CD化では同曲数同曲順のもの(一部で曲順が異なるヴァージョンあり)のほか、ボーナス・トラック6曲を加えた全17曲のヴァージョンがあります。
メンバーは、ピアノがオスカー・ピーターソン、ベースがレイ・ブラウン、ドラムスがエド・シグペンの、いわゆるジャズのスタンダードなピアノ・トリオの編成です。
収録曲は、アメリカのジャズ・ミュージシャンのオリジナル曲を軸に、ジャズ・スタンダードが加えられるという構成。タイトル曲は、デューク・エリントン楽団に参加するなどして人気を博したテナー・サックス奏者のジミー・フォレストが1950年代初頭に発表して、ヒットを記録した曲です。
このほかベニー・モーテンやサイ・オリヴァー、ジョー・リギンズといった人気バンド・リーダーの曲や、なかでもデューク・エリントンは3曲、その息子のマーサー・エリントンも1曲を取り上げるなど、(1960年代になると影が薄くなりつつあった)ビッグバンド・サウンドへの畏敬の念を表わすような選曲になっているように感じます。
1950年代、オスカー・ピーターソンはベースとギターによるドラムレスの編成で、その超絶技巧と卓越したスウィング感を前面に押し出したパフォーマンスを武器にワールド・ツアーを行なうなど、ジャズ界最高のピアニスト&ピアノ・トリオという称号をほしいままにしていました。
ところが1958年にギターのハーブ・エリスがトリオを脱退すると、「彼以上のギタリストはいない」と言ってあっさりドラムレス・トリオをやめ、本作にも登場するドラマーのエド・シグペンを迎えたのです。
オスカー・ピーターソンがベースとギターによるアンサンブルに感じていた可能性と将来性の追求を中断して、ギターの代わりにドラムスを迎えた理由をひと言で言うなら、1950年代と60年代では“ジャズのフィーリング”が変わっていた──ということでしょう。
その“変化”については別稿で考察したいと思いますが、オスカー・ピーターソン(あるいは、彼をジャズ・シーンに紹介したプロモーターであり本作のプロデューサーでもあるノーマン・グランツ)がそうした時代の気配を感じ取り、オスカー・ピーターソン・トリオをトランスフォーメーションして再びシーンの最前線に躍り出たという背景が本作にはあり、そうした条件がそろったことで“名盤”が生まれたのだと思います。
2025年の現在、本作は別の意味をもって注目されていることに触れておきたいと思います。
それは、本作収録のオスカー・ピーターソンのオリジナル曲『自由への賛歌(Hymn to Freedom)』を、ライヴで演奏するミュージシャンが増えていることに関係しています。
この曲は、アルバム・プロデューサーのノーマン・グランツがオスカー・ピーターソンに「アルバムの締め括りとしてなにかブルースを作ってほしい」とリクエストしたことで誕生しました。
レコーディングスタジオでこの曲を作曲したオスカー・ピーターソンは、当時公民権運動の最前線で活動していた黒人教会の牧師マーティン・ルーサー・キング・ジュニアへの敬意を込めて“自由への賛歌(Hymn to Freedom)”と名付けました。
この曲のナラティヴが現在の世界情勢に呼応することは、決して好ましいとは思えません。
しかし、オスカー・ピーターソンが自身の音楽性とキング牧師への畏敬をリンクさせた作品およびパフォーマンスに普遍性があったこともまた、本作を“名盤”とする要因のひとつだったことが、昨今のこの曲への注目によって証明されているのではないでしょうか。
そしてそのことは、アメリカ合衆国の国民感情が浮かれた気分の象徴であったスウィングから憂鬱を象徴するブルースの時代へと移行したことを物語り、その時代性の反映がリスナーにとって親近感を増す大きな要素となったのではないかと思うのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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