今月の音遊人
今月の音遊人:塩谷哲さん 「僕の作る音楽が“ポップ”なのは、二人の天才音楽家の影響かもしれませんね」
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あふれ出る自己表現を抑えきれない、破天荒なミュージシャンの生き様を描いた映画『黙ってピアノを弾いてくれ』
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2018.9.4
tagged: ピアノ, 映画, ピアニスト, チリー・ゴンザレス, 黙ってピアノを弾いてくれ
あなたがもしチリー・ゴンザレスという、ひと昔前のプロレスラーのような名前をもつミュージシャンをご存じないのであれば、映画を観ている約90分間ずっと、つかみどころがない破天荒なキャラクターに翻弄され続けることだろう。もしあなたがダフト・パンクやジェーン・バーキン、フランチェスコ・トリスターノらと共演しているピアニストとしてゴンザレスを認識しているのであれば、その正体を知りつつ「やっぱりタダ者じゃないミュージシャンだったか」と大いに納得することになるだろう。そして、もしあなたがリリカルなピアノ音楽を奏でるミュージシャンとして彼を知っているのであれば、映画が始まってから3分ほどで大きなギャップに戸惑い、スクリーンに映る主役の男が同姓同名の別人なのではないか?とさえ思うことだろう(実は筆者がそうで、思わず手元のチラシやプレスリリースを見直してしまった)。
1972年にカナダのモントリオールで生まれたゴンザレスは、幼い頃からピアノを弾き、仲間たちとバンドを結成した後、「アウトサイダーの街だ」というベルリンで自らの中にある「叫び」に覚醒。アグレッシブなラップミュージシャンとなって過激な歌詞を叫びまくる。この「自己表現のかたまり」のような人間は集まったメディアの前で奇行をさらすのだが、問題行動・言動が多いゴンザレスは日本に住んでいたらワイドショーの常連になるだろう。映画の前半はこうしたエキセントリックな姿を追うのだが、興味深さと同時に映画の題名にもあるように「黙ってピアノを弾いてくれないかな」という思いもふつふつと。
映画の中盤、突然スクリーンがブラックアウトすると、そこには中身むき出しのアップライト・ピアノを弾く、戦いに敗れたボクサーのようなゴンザレスが映し出される。“第2の人生”のスタートだろうか。2004年にリリースされた『ピアノ・ソロ』というCDは、エリック・サティの音楽を引き合いに出したくなる独特の雰囲気をもっており、たしかにゴンザレスの音楽人生を変えた。彼は自分が語るのではなく、ピアノに語らせる音楽家になったのだ。
「バッハ、ベートーベン、ブラームスは素晴らしい」と発言し、興味の赴くままにフル・オーケストラ(ウィーン放送交響楽団)や弦楽四重奏などとも共演。しかし、その音楽は決して両手をひざに置いているような、お行儀のよいものではない。おとなしくピアノを弾くことに飽き足らずコンサートグランドの中に寝転がったりするのだ(で、その態勢で弾く)。観る人はだだっ子みたいな行動に笑い、呆れつつ、こんなキャラクターから出る美しいピアノの音について、思いを巡らせてしまうだろう。
さらには楽譜とにらめっこしながらたどたどしくワルツを弾き、ようやく音楽を正確に弾こうと思うようになったという……のだが、観ているこちらとしては「おいおい、ホントか」とスクリーンの彼にツッコみたくなるのだ。ダフト・パンクのトーマ・バンガルテル、シンガーソングライターのファイストなどと共演シーンもあり(彼女がステージでイラストを描き、それにゴンザレスが音楽をつけるという即興など)、ステージでの一端を垣間見ることもできる。しかしこの映画はそうした彼の活動を追い、バックグラウンドや深層心理を探りながらも、感動的な人間ドキュメンタリーに転化しようなんてまったく思っていない(そこは期待しないほうがいい)。
それにしても『黙ってピアノを弾いてくれ(SHUT UP and PLAY THE PIANO)』とは、誰が誰に向かって懇願しているのか。ひょっとするとゴンザレス自身が“中の人”に言い放つ、内なる声なのか。ともあれ、おかしな男の生態に目を見張り、その男から生まれる音楽を浴びる映画だ。
『黙ってピアノを弾いてくれ』
渋谷・シネクイント他にて2018年9月29日(土)から全国順次公開
監督:フィリップ・ジェディック
出演:チリー・ゴンザレス、ピーチズ、トーマ・バンガルテル(ダフト・パンク)ほか
文/ オヤマダアツシ
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