Web音遊人(みゅーじん)

今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」

テレビで明るくトークする姿を見ることも多いバイオリニストの木嶋真優さん。けれど、3歳半からバイオリニストとして厳しい道を歩み、世界の舞台で活躍してきた彼女の言葉には、ひたむきに音楽と向き合ってきた音楽家ならではの重みがあります。木嶋さんが理想とする「音遊人」の姿とは?

Q1.これまでの人生の中で、一番多く聴いた曲は何ですか?

小学生の頃からいちばん聴いていたのは、チャイコフスキーの『交響曲第5番』だったかもしれません。最初にこの曲を聴いたとき、「あ、これが恋愛というものなのかな」と子どもながらに思ったのを憶えています(笑)。ロシア人のザハール・ブロン先生に師事する前からロシアの音楽が好きで、プロコフィエフやチャイコフスキーなどをよく聴いていました。
なかでも忘れられない思い出が、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチさんがロンドン交響楽団を指揮したチャイコフスキーの5番。18歳の時、そのコンサートの前半に出させていただいていたのですが、後半に聴いた5番の演奏がものすごく衝撃的に神々しくて。ロストロポーヴィチさんがオーケストラと一緒に生み出す音楽、あれ以上に心に残る演奏にはまだ出会っていません。
クラシック以外でいちばん聴いていたのは、大好きなMISIAさんの音楽。ブロン先生のレッスンに行くとき、iPodに入れて聴いていました。クラシックだとなにを聴いても、「ここはこういうことをしているんだ」と、演奏者の視点で聴いてしまうんですよ。ですから音楽を聴いて純粋に楽しむという意味では、MISIAさんですね。

Q2.木嶋さんにとって「音」や「音楽」とは?

「あなたにとって心臓とはなんですか?」という質問と同じですね。音楽がなかったら、私は生きていけないと思います。これまでの音楽人生が私そのものだったと思いますし、音楽によって生かされているという感覚があります。私にとって音楽は、自分の存在意義を肯定してくれるもの。言ってしまえば、「人」よりも「音楽」を信用しているところがあるかもしれません。
もちろん人生には、音楽に関係ないところでもさまざまなことが起こりますが、やっぱり音楽って、どんなときにも寄り添ってくれる存在なんですよね。すごく落ち込んで、なにかに頼りたいときは必ず音楽をかけていますし、逆に楽しい気分のときもかけています。そのぐらい私の生活において音楽は、空気のように自然にあるものです。
音楽を自分から切り離すことはできなくても、じつはバイオリンと距離を置くことはあります。3歳半からずっと弾いてきましたが、とても繊細な楽器なので、温度や湿度によって機嫌が悪くなって鳴らなかったり、雨の日などはステージに出た瞬間にコンディションが変わってしまったり……さんざん振り回されて疲れることはありました。けれど、音楽というものにまったく疑いを感じたことがないので、バイオリンをやめたいと思ったことはないのです。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

それ私です、私!(笑)先日のNHK交響楽団とのリハーサルで、はじめてにもかかわらず指揮の広上淳一先生に「いやあ、君の場合はもう自由にやっていいよ」と言っていただきましたが、もっと音で遊べるようになれたらと思っています。
「音で遊ぶ」って本当に難しいことだと、最近よく思うんです。とくにクラシックは長い歴史、いろいろな流れがあるわけで、それを壊さず遊ぶのは至難の業。けれど、素晴らしい音楽家、一流と呼ばれる方々は、必ずみんな舞台の上で遊ぶんですよね。私が一緒に演奏している室内楽のメンバーや、マルタ・アルゲリッチさんの仲間の音楽家などは、すごいハイレベルの演奏をしながら、絶妙に遊んできます。「遊ぶ」といっても、身勝手な、ただの自分の主張ではなく、遊べるスペースを相手にもあげることが大切。よく「音のキャッチボール」と言いますが、本当の意味でそれができている舞台は少ないと思います。卓越した音楽家だけに可能な、究極の世界でしょう。
私はステファン・グラッペリも大好きなのですが、音で遊べるという意味においてジャズミュージシャンは尊敬する、憧れの存在です。じつはひそかに「ジャズセッションの仕方」みたいな教則本を買って練習しているんですよ。今さら親切に教えてくれる人もいないので。そうやって最近、ようやく「音で遊ぶ」ということが少しずつ分かりはじめた。といってもまだ足の親指をちょっと入れたぐらいの段階ですが……そうだ! 音で遊べるようになったら「音遊人」に改名しますね(笑)。

木嶋真優〔きしま・まゆ〕
2016年、第1回上海アイザック・スターン国際バイオリン・コンクール優勝。2000年、第8回ヴィエニャフスキ国際バイオリン・コンクール・ジュニア部門にて日本人として最年少で最高位受賞。2011年、ケルン国際音楽コンクールのバイオリン部門で優勝、併せてその優れた音楽的解釈に対しDavid Garrett賞も受賞した。2002年度文化庁海外派遣研修員。2015年秋にはケルン音楽大学大学院を満場一致の首席で卒業、ドイツの国家演奏家資格を取得。現在、日本とヨーロッパに拠点を置き、意欲的に活動を行なっている。使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェル、宗次コレクションより特別に貸与されたAntonio Stradivari 1699 ”Walner”。
オフィシャルサイトはこちら

特集

今月の音遊人:姿月あさとさん「自分が救われたり癒やされたりするのは、やはり音楽の力だと思います」

今月の音遊人

今月の音遊人:姿月あさとさん「自分が救われたり癒やされたりするのは、やはり音楽の力だと思います」

13039views

音楽ライターの眼

Googleが浮き彫りにするAIとジャズの本質

3919views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

11121views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

52737views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7715views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1535views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8917views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3073views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10056views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

4869views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7082views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29943views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7715views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11291views

音楽ライターの眼

アラン・ホールズワースの超絶ギターが蘇る『ライヴ・イン・レヴァークーゼン2010』発表

3081views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

17495views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8019views

練習用のバイオリンとして進化する機能と、守り続けるデザイン

楽器探訪 Anothertake

進化する機能と、守り続けるデザイン

5122views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11666views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4531views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

41769views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13756views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views