Web音遊人(みゅーじん)

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.14

桑原あい×石若駿『ディア・ファミリー』
桑原あい×石若駿『ディア・ファミリー』

桑原あいがシーンに登場して脚光を浴びるようになった2012~13年当時、彼女の活動が“トリオ・プロジェクト”と冠されていたことが影響していたせいなのか、あまり期待を抱かずに見守ることにしていた記憶がある。

これは、ジャズにおけるピアノ・トリオで新たなコンセプションを切り拓くことがかなり困難に思われたことのみならず、ジャズ・ピアニストを安易にトリオという“売りやすい”パッケージに収めようとする“オトナの事情”を警戒していたからだったりするのだが……。

その後、彼女のライヴを観る機会があって、ボクの警戒は霧散する。まさに“百聞は一見にしかず”だった。

桑原あいもまた、『Somehow, Someday, Somewhere』(2017年2月リリース)でスティーヴ・ガッドとウィル・リーという“ビッグ・ネーム”と共演するなど、自身の“トリオ・プロジェクト”を進化させているから、期待が増していたところだった。

そこで登場したのが、2017年11月リリースの本作だ。

すでにai kuwabara trio projectの一翼を担う重要な役割を果たしていた石若駿との、全編デュオによるオリジナル曲だけのアルバム。

しかし、その微妙な“変化球加減”が、またぞろボクの警戒心を煽ることになる。

今度の警戒の原因は、アルバム冒頭に収録されている「Dear Family」にあった。

というのも、この曲はテレビ朝日系ニュース番組のオープニング・テーマ曲。いわゆる“キャッチーなテーマ・フレーズありき”の、逆算されたデュオだったら興ざめだなと、勘ぐってしまったわけなのだ。

しかし、無粋な警戒をしたことを再びおわびしなければなりません。

このデュオは、デュオであることを計算しつくして、音を構築していた。

それは、あえて放映用とアルバム・ヴァージョンの2パターンの「Dear Family」を収録していることが示していて、リスナーはプレイヤーたちの“確信”をそこから汲み取らなければならない。

うがった見方を承知で言えば、1つではテレビから流れることを想定した帯域での効果的な音楽的構成を試み、もう1つでは作品性を優先させたデュオを展開したのではないかということ。

後者は従来のデュオ・コンセプションを色濃く感じさせるわけだけれど、前者には音響派的な再構築があるように感じたのだ。

テクスチャーという視点でのデュオ。そこにデュオの新たな潮流という、当コラムのテーマに関係する要素も含まれているのではないか――。

キーワードは“輪郭”。

それは、テレビ番組という環境で流されることを考慮したことが意図せずに生んだ“副産物”だったのかもしれないが、エッジを立てることでピアノらしさが削がれる最近の傾向に対する、デジタル時代の新たなサウンド・アイデアとして注目したい。もちろん、それを成し遂げられる石若駿の柔軟な発想とテクニック、そしてなによりもそのことを感覚的に選んだ桑原あいのセンスがあればこそなのだが。

ドラムによるエッジとサウンドとの関係性については、村上“ポンタ”秀一と森山威男の比較で考察を進めようと思っていたところだったのだけれど、そこに石若駿を加えなければならなくなったようだ。

それもまた、この“新デュオ論”の恩恵と言えるかもしれない。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

ユッコ・ミラー

今月の音遊人

今月の音遊人:ユッコ・ミラーさん「音楽は人の心を映すもの。だからごまかすことはできません」

2313views

Ichiko Aoba solo concert 2024 at Yamaha Hall

音楽ライターの眼

やわらかな雰囲気と強い個性で、魅力的な世界へ誘う/Ichiko Aoba solo concert 2024 at Yamaha Hall

503views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

15627views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

98827views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17188views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14525views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

14396views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6043views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14783views

練馬だいこんず

われら音遊人

われら音遊人:好きな音楽を通じて人のためになることをしたい

5888views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5473views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29942views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4731views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

19590views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.9

3043views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5422views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

4869views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンで初めてオーディオファイル録音機能を装備

13192views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7619views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

4581views

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンの取り扱いについて

楽器のあれこれQ&A

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンを安心して運ぶには?

109672views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7453views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views