今月の音遊人
今月の音遊人:石若駿さん「音楽っていうのは、人の考えとか行動の表れみたいなものだと思う」
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歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール
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2025.11.28
tagged: ホール自慢を聞きましょう, 福岡市民ホール
九州の玄関口とも呼ばれる福岡市・天神地区。この一帯は九州随一の繁華街として知られ、市役所やオフィスビルが集積すると同時に大型の商業施設や百貨店、飲食店などが軒を連ねる、活気あふれる地である。そんな天神に芸術文化の新たな拠点となる福岡市民ホールがオープンした。
福岡市営地下鉄・天神駅から徒歩10分ほど、都会的なにぎわいのすぐそばにあるのが緑豊かな須崎公園だ。木々に囲まれたウォーキングコースや芝生の広場が整備され、市民の憩いの場にもなっている。この公園内に2025年3月28日に誕生したのが福岡市民ホールである。
「1963年の開館以来、60年以上にわたり市民に親しまれてきた福岡市民会館が老朽化に伴って2025年3月23日に閉館しました。その後継施設としてオープンしたのが当ホールです。隣接する須崎公園内で場所を移しての建て替えでしたので、新ホール建設中も旧会館を閉めることなく、最後の最後まで皆さんにご利用いただけました。皆さんに一層親しんでいただけるホールとして育っていければと思います」
こう答えてくれたのは運営業務責任者である福島誠二さんだ。
まず福岡市民ホールの特徴としては、白壁とガラスを用いた目に映えるモダンな外観が挙げられるだろう。円形を基本とした柔らかなデザインにはガラスがふんだんに取り入れられ、開放感もたっぷり。建物内に一歩足を踏み入れると、エントランスホールには自然光が差し込み、天然の木材を基調としたあたたかみのある空間が広がっている。天井から下がる装飾は「波紋」や「ゆらぎ」を表現しており、天神エリアの「水辺」や「風」をイメージしているそうだ。

「エントランスホールは公演チケットなどをお持ちでない方も自由にご利用いただけます。カフェも併設されていますから、須崎公園の延長のような感覚で気軽に立ち寄っていただけるとうれしいです」(福島さん)

エントランスホール(左)とホール内カフェ「café C」のメニュー(右)。
屋内には大・中・小の3つのホールとリハーサル室、練習室が備えられている。
赤をイメージカラーとした約2,000席の大ホールは、舞台を包み込むような馬蹄型の客席とバルコニー席を有する三層構成。音響反射板を備え、オーケストラやコンサートといった音の響きを重視した公演に対応可能で、多様なニーズに応えながら質の高い芸術鑑賞の機会を提供する。今回の新ホール開館に際して音響設計を担当したヤマハ株式会社の日根野翔太さんは、このように振り返る。
「2,000席クラスの大規模空間は、響き(残響感)は確保しやすいのですが、反射面との距離が離れてしまうため聴感印象(音量感や明瞭性、拡がり感)において重要な初期反射音が届きにくくなるなどの特徴があります。そのため、大ホールでは初期反射音を効果的に返すため、様々なサイズの側壁拡散体を設け、さらに天井形状を最適化しています。これによって、初期反射音を可能な限り供給・均一化し、残響感以外の聴感印象を高めています」(日根野さん)

側壁拡散体
赤を基調にした大ホールの座席には4種類の明度のオリジナル布地を採用。舞台から客席後方にかけて明るい配色となるようランダムに配置することでホール全体に広がりを持たせた。

エントランスを挟んで大ホールと対になるように位置するのが、落ち着いた青を基調とした約800席の中ホールである。客席は二層構成で、音楽はもちろん演劇などの文化芸術活動にも利用しやすい。舞台と客席が近く、臨場感あふれる空間になった。

「中ホールは演劇等をメイン用途としているので、大ホールに比べると響きは少し短めでクリアな音場です。とはいえ、反射板設置時には生楽器にも適切な響きを確保しました。一方で、中ホールのように空間が小さいと、反射音が強くなりすぎて、音がきつく感じられることがあります。そのため、側壁に細かな凹凸を設けて音を拡散させ、反射音が柔らかな印象になるようにしています」(日根野さん)
多目的ホールとしての音響面での充実とともに整えられたのが全館を通じたバリアフリー化だ。
「館内のバリアフリートイレは、右・左半身に障がいがある方も利用しやすいよう、扉や可動式手すりが右勝手・左勝手の二種類を整備しました。また、館内のスロープ部分は床面の色を変えて傾斜をわかりやすくしてあります。これからもすべてのお客様に安心していただけるように、ご利用者の声を伺いながら可能な対応を検討していきたいと考えています」

1階にあるバリアフリートイレ(左)には音声による操作方法案内ボタン(5か国語対応)が備えられている。色分けされた館内のスロープ(右)
館内のエレベーターには、通常の「SOS」ボタンに加えて耳や言葉が不自由な方に向けた「耳マーク」ボタンが設置されている。このボタンは中央管理室につながっており、該当のエレベーターへ施設職員が駆けつける仕組みだ。

こうした設備面の対策と併せて、インクルーシブの取り組みにも力を入れている。開館記念として2025年4月に行われた「インクルーシブ エンジョイコンサート」では、字幕表示や手話通訳などで鑑賞をサポート。今後も、映画上映やダンスワークショップなど、あらゆる人が楽しめるプログラムを開催予定だ。
取材に訪れた日も、九州交響楽団による“年齢や障がいなどのちがいはあっても、だれでもが安心して音楽を楽しめる”夏休みリラックスコンサートが行われていた。会場となった中ホールは親子連れなどでほぼ満席。小さな子どもも声をだしながら手拍子を送り、体を揺らしながらメンデルスゾーンの「夏の夜の夢:スケルツォ」やドヴォルザークの「序曲『謝肉祭』」といった名曲を楽しんでいる。打楽器や管楽器のダイナミックな余韻から弦楽器のかすかな音、豊かな低音までしっかりと聞き取れ、「生楽器の響きを十分確保したクリアな音場」を堪能できた。公演を行った九州交響楽団のメンバーからも「演奏しやすいホール」との感想が届いたという。
「私も客席で聴いていて、交響曲などの繊細な演奏にも十二分に対応するホールだと思いました。大ホール、中ホールともに客席のどこで聴いても楽しめる、演奏者にとってもお客様にとっても非常にいいホールですね」(九州交響楽団音楽主幹・柿塚拓真さん)
また、当コンサートの開催に際しては、ホールと楽団合同でバリアフリー研修を行い、よりきめ細やかな対応を学んだそうだ。
「地域の劇場とオーケストラが一緒に取り組むことで経験や知識が蓄積されますし、それはお互い別の機会でも役立つはずです。開催者側が学び、工夫することでさらに多くの方が楽しめる場所、機会を提供できると思っています」(柿塚さん)
福岡市民ホールが開館し、旧・市民会館から続く音楽と文化活動の拠点としての役割をしっかりと受け継いでいるようだ。
「福岡市はアマチュアオーケストラから学生オーケストラ、吹奏楽や合唱など、音楽活動が盛んな街です。そこに高いクオリティをもった新しいホールが誕生しました。これから福岡の音楽文化がこのホールを中心に一段と発展していくのだろうなと期待しています」(柿塚さん)
「福岡の皆さんに自慢していただけるような市民ホールになっていきたい」という福島さんの熱い気持ちが頼もしい。地域や市民とともに成長し、誇れる文化拠点へ。新たに産声をあげた市民ホールは、今後の福岡の音楽・演劇文化をけん引する存在となるに違いない。
所在地:福岡市中央区天神5丁目2-2
TEL:092-734-5570
ホール形式:プロセニアム形式(大ホール・中ホール)
席数:2,016席(大ホール)、815席(中ホール)
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