Web音遊人(みゅーじん)

連載39[ジャズ事始め]佐藤允彦の目から鱗を落とした東欧記者のジャズに対する見識

ラトヴィアの首都リガで、新聞記者のインタヴューを受けていた佐藤允彦は、“TON-KLAMI”の東欧〜ロシア・ツアーで感じていた“違和感”を解き明かすべく、その記者に逆質問をする。

「あなたがたは“ジャズ”という語をどういう意味で使っているのか。日本でも用法に多少の混乱があり、狭い意味でのジャズはアメリカで生まれたスタイルとその周辺、広い意味ではインプロヴァイズ・ミュージック全体まで含めることもあるが、狭義のジャズにかかわらなかった人、例えば高田みどりさんなどは、自分の表現をジャズと呼ばれることにいささか抵抗があるのだ」(引用:佐藤允彦『すっかり丸くおなりになって…』1997年、メーザー・ハウス刊)

これに対してラトヴィアの記者はこう答えた。

「我々はジャズに対してアメリカのものだという強い意識は持っていない。フリー・インプロヴァイズがジャズの新しいスタイルだとして特別視することもない。フルシチョフの時代、一時的に西側の音楽が解禁された他はゴルバチョフまで鎖国同然だった。ペレストロイカ以降あらゆるスタイルの音楽が一気に入ってきたから、どのスタイルがどれの後に出来たかを知ることは我々にとってそれ程重要ではない。インプロヴァイズを含むクリエイティヴな音楽はすべてジャズと呼んでいる」(引用:前掲書)

この答えに「目から鱗が落ち」たという佐藤允彦の分析によれば、発祥の地であるアメリカを含めて日本では“ジャズを直列的にとらえる”、すなわち時系列での体験を経てきたために、「『旧い、新しい』という余分な価値尺度が生じる」としている。

時系列による価値尺度がなぜ余分なのかというと、“新しいほうが進んでいる”ような、優位的なイメージを与えてしまうからだろう。その優位的なイメージに甘んじていた自分(および日本のジャズ・シーン)への反省も、この文章から伝わってくる気がする。

そして、記者の答えが示した、ジャズであるかどうかはクリエイティヴな音楽であるかどうかだ──という“基準”こそが、1990年以降の混沌とし始めたジャズ・シーンの大いなる指標になったのではないだろうか。

佐藤允彦は、時代ごとにカテゴライズされたジャズをまとめて、「全く同時代の、つまり現在形として感じるということは理屈ではわかっても感覚としてとらえられない」としたうえで、“アルハンゲリスク”というグループの名前を挙げて「“並列的状況”が彼らの目にどう映っているかが推測できる」としている。

“アルハンゲリスク”の動画をこちらから観ていただきたい。

Jazz-group “Arkhangelsk” – Live in Yokohama, Japan, 1991-08-02, part 2

入場行進を伴った前奏曲のあと、ステージに並んだメンバーが演奏しているのはおそらく『聖者の行進』と思われる。それに続くのがインプロヴァイズ・ミュージックという、この“並列ぶり”をわかっていただけるだろうか。

実は、佐藤允彦自身はすでに、こうした“なんでもあり”の集団的即興演奏を実践していた。だからこそ、ラトヴィアの記者が見せた“並列的状況への違和感のなさ”にも、敏感に反応できたのだ。

その集団的即興演奏については次回。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人:仲道郁代さん「多様性こそが音楽の素晴らしさ、私自身もまだまだ変化していきます」

今月の音遊人

今月の音遊人:仲道郁代さん「多様性こそが音楽の素晴らしさ、私自身もまだまだ変化していきます」

9679views

音楽ライターの眼

現代ブルースを担うギタリスト、ティンズリー・エリスがニュー・アルバム『Devil May Care』を発表

1617views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

2539views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

10586views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

6909views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

16366views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2032views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

21960views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

4244views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

7642views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

27138views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

10586views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

20144views

音楽ライターの眼

“音の宝石箱”に魅せられて、瞬く間に時は過ぎた/松田華音 ピアノ・リサイタル

4396views

オトノ仕事人

テレビ番組の映像にBGMや効果音をつけて演出をする音の専門家/音響効果の仕事

766views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

3751views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

ピアノのエレガントなフォルムを大切にしたデザイン

6198views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

17034views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

7555views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

12201views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6098views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

8522views