今月の音遊人
今月の音遊人:城田優さん「音や音楽は生活の一部。悲しいときにはマイナーコードの音楽が、楽しいときにはハッピーなビートが頭のなかに流れる」
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感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事
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2024.2.28
tagged: オトノ仕事人, 劇伴作家, 52ヘルツのクジラたち, 小林洋平, フィルムコンポーザー
映像だけでは伝えきれない登場人物の感情や空気感を表現し、映画の世界観へとオーディエンスを引き込む劇伴音楽。映像との両輪となって観る人の胸を打つ楽曲は、どのようにして生まれるのだろう。
数多くの話題作を担当し、最近では2024年3月1日に全国ロードショーがスタートする『52ヘルツのクジラたち』を手がけた、作編曲家の小林洋平さんにフィルムコンポーザーとしてのお話をうかがった。
「フィルムコンポーザーとは、“フィルム・スコアリング”をする人を指します」
“フィルム・スコアリング”とは、出来上がった映像に音楽をつけていく方法。映像が出来上がる前にまとめて数十曲を作曲し、そこから選曲担当者が音楽ファイルを編集してシーンに振り当てていくケースが多いドラマに対し、映画の劇伴音楽の作曲はこの“フィルム・スコアリング”で行われる。
「流れとしては、あらかじめ台本や原作を読んでイメージは膨らませておきます。監督によって事前にメインテーマのようなものだけはほしいとおっしゃる方と、映像が上がってからでいいという方の両方がいらっしゃいます」
まずは、物語がもっている世界観や質感をしっかり表現できる編成やサウンドを探り、音像をイメージする。その後、撮影前の本読みに立ち会ったり、ロケに同行したりしながら、さらにイメージを膨らませていく。
「撮影後、編集が完全に終わる前にスタッフが集まり、ラッシュ(編集の途中段階)を見て議論します。僕もその段階で映像を拝見し、どのあたりで音楽が必要になってくるかをイメージしておきます。最終段階であるオールラッシュ(すべてのカットをつなげ、映画本編の尺が決定した段階で行う試写)の後に、どこに音楽をつけるのかの“音打ち合わせ”をします。気持ちにつけてほしい、事象につけてほしい、ここは展開したいといった監督の要望を細かに聞き、そこから作曲作業に入ります」
一作品に提供する曲は、長編映画なら20曲前後。多いときは30曲を超えることもある。
「よく聞かれるのですが、ふと曲が降りてくるなんて一回もないですよ。物語ときちんと向き合ってあがいて、その結果としてあるとき突然思い浮かぶことはありますが、もがく過程なしにそれは考えられないです」
今回、小林さんが手がけた2024年3月公開の『52ヘルツのクジラたち』は、本屋大賞を受賞した傑作小説の映画化。52ヘルツのクジラとは、ほかのクジラたちには聴こえないほど高い周波数で鳴く世界で1頭だけのクジラのこと。だから、世界で一番孤独なクジラと言われている。でも、その声なき声に耳をすませてくれる“魂のつがい”がきっといる──。児童虐待やヤングケアラーをめぐる課題など、そこには複雑な家族関係が絡み合う。
「原作を読み、魂をえぐられる感じでした。難しいという思いはあったのですが、それ以上にこの物語に自分が向き合うことの意味と意義を考えました。そして、絶対にすばらしいものにしなければと考えました」
実はサクソフォン奏者でもある小林さんは15年来、子ども虐待防止「オレンジリボン活動」に参加して演奏活動を続けている。ほかにも、東日本大震災の被災地での演奏活動や地雷除去など社会活動に取り組んできた。大きなきっかけは、ピアノ教師だった母親に誘われ、大学生の時に訪れた病院での演奏経験だ。
「大変な病状にある方が、この瞬間だけ自分が病気だということを忘れられたと言ってボロボロと涙を流されたんです。そのとき、音楽は誰かへのギフトであるべきだ、という自分の原点を忘れてはいけないと強く思いました」
『52ヘルツのクジラたち』はシリアスなテーマを持ちながらも、どこか優しく温かい。
「過酷なシーンもたくさん出てきますが、音楽で包み込むことができたかなと自分なりに思っています。成島出監督が『洋平さんの優しさが、この映画を優しいものにしてくれた』と言ってくださったときは本当にうれしくて、やってきて良かったと思いました」
その成島監督は音楽へのこだわりが強く、リクエストは常に高い次元にあったという。
「たとえば今回、届かぬ声を歌で表現したところがあります。『海の奥底から聴こえてくる、光のある世界には届かない声。そこは深海で暗いだけでなく、澱んでいる。そこから聴こえてくるかすかな美しい声。濁っているんだけれど、シーンのこの部分からはだんだん澄んでほしい』みたいな。おっしゃることが難しいんです。でも、そうやって言語化していただいたので、明確にイメージをすることができました」
この作品の劇伴音楽は全19曲。傷を抱え、揺れ動く主人公の感情を表現するため、曲によっては音楽理論上きわどい作曲手法も取り入れたとも話す。
「主人公の微妙な感情は、澄んだ音でも濁り切った音でも表すことはできません。だから、音楽で的確に表現するために、スレスレのラインでストリングスの和音を重ねています。スコアだけ見ると音のぶつかりは大丈夫なの?となる部分があるかもしれませんが、そこは確信をもってやりました。昔だったら怖くてこんな風にはしないだろうというものを、けっこうやっていますね」
さらに、この作品ではフィクションである物語と現実社会をつなぎ、その隔たりをなくすことに音楽が大きな役割を果たしている。
小林さんがフィルムコンポーザーとして、常に心に留めていることがある。それは毎回、白地図から始めることだ。
「技術的なことでは経験値が活きてきますが、表現という意味では毎回まっさらの何もないところから始めます。これまでの経験の引き出しで音楽を書くことは、絶対にしません。なぜなら、物語に生きているその人のそのときの感情は、二度と同じものはないからです。それを丁寧に感じ取って、音楽できちんと表現するのがフィルムコンポーザーだという誇りを持っています。自己模倣──あの時うまくいったから、ああいうシーンはこんな曲にしようというのは自分で我慢できないです」
忘れられない出来事がある。作曲家になって何年か経ち、テレビ番組などの仕事もどんどん増え実績を積んでいた。そんなときに映画『繕い裁つ人』の劇伴音楽のオファーをくれたのが、以前にも一緒に作品をつくった三島有紀子監督だ。多忙を極めるなか急ぎデモを送ると、こんな返事が返って来た。
「『あなたはいつから、そんなふうになってしまったの?』と。そこで立ち返り、襟を正させてもらったことは確かです。曲をつくるのは早い方なので、それにかまけて器用にこなし、忙しい自分に酔っていた時期だったのかもしれません。そのとき、手を強く引っ張られて、こちらの世界に戻してもらったという感じです。三島監督には、本当に感謝しています」
そんな小林さんにとって、フィルムコンポーザーとは?
「成島監督が『音楽は映画にとって血液だ』とおっしゃっていたことがあって、その言葉にとても感動しました。そして、フィルムコンポーザーは物語の世界の住人であり、かついちばん客観的に物語を紡ぐ人だと思っています」
重要なのは、物語の住人になれるか否か。もちろん、音楽的な技術は常にアップデートして探究を続けているが、スキルだけが優れていても他人の気持ちを想像する力や感性がなければこの仕事は務まらない。
「自分ではない、誰かの人生を生きなければならないわけですよね。その感性を成長させていくためにいろいろな人に会って、ありとあらゆるものに触れて体験していくことが大事になってくると思います」
小林さんは異色の経歴の持ち主だ。ピアノ教師の母とクラシックに造詣の深い父を持ち、音楽に囲まれて育った。物心ついたころにはピアノを始め、小学校低学年からはバイオリンを。中学・高校時代は吹奏楽部に属し、サクソフォンに打ち込んだ。
そして、子どものころから音楽と同じぐらい大好きだったのが宇宙だ。それは幼くして抱いた死への恐怖を払拭してくれるものでもあり、心をワクワクさせてくれるものだった。
音楽大学を目指していた時期もあるが、親のすすめもあって東京理科大学の宇宙物理学研究室で学んだ。しかし、大学院時代に大きな方向転換をする。奨学金を得て、バークリー音楽大学映画音楽科へ留学したのだ。
「諦められなかったんですね。さまざまなジャンルの曲をサクソフォンで吹いていたのですが、もっとも心震えたのが映画の音楽を吹いているときだったんです。そうか、僕がいちばんやりたいのはこれなんだ!と気づいてから、この道に完全にシフトしました。アメリカに行くときには、フィルムコンポーザーになること以外は考えられなかったです」
宇宙物理学と音楽。ずいぶんとかけ離れたもののように思えるが、大学で学んだことが今の仕事に役立っている面はあるのだろうか。
「役立っているどころか、すべてが活きています。たとえば、死生観もそうです。バークリー時代、先生方に『宇宙物理学を学んできた洋平にしかできないサウンドが絶対にある。それはあなたの人生そのものだから』とか『それは巡り巡って洋平の音楽に表現の幅として必ず出てくるから大事にしてね』などといった言葉をもらい、感動しました。不思議なことに、僕のなかでは違ったことをやっている感じがないんですよね。表現する手段が数式から音符に移っただけで、自分の芯のようなものは全然変わっていません」
もう一度生まれ変わってもこの仕事をしたいと断言する小林さんに、抱負を尋ねてみた。
「大きなことを言いますけれど、アカデミー作曲賞を取ることも一つの大きな目標です。この仕事をしている以上、いつかオスカーを取るつもりで本気でやっていますから。そんなの無理!という人がいても、僕の人生なので気にしません」
Q.子どものころの夢は?
A.小学校のときは、天文学者になりたかったです。文集に「ケンブリッジ大学の天文学者になる」と書いていました。
Q.趣味はありますか?
A.料理、天体観測、塊根植物や山野草を育てることなど多趣味です。自然の中に身を置くのも好きですね。料理については、何とも言えないガス抜き感があるんですよ。いろいろつくりますが、今いちばんこだわっているのはスパイスから作るカレーです。
Q.好きな音楽は?
A.クラシックからジャズ、フュージョン、デスメタルに至るまでジャンルに関係なく好きで、音楽に関しては節操がないと言われます。強いて挙げるならばジョン・コルトレーン。とくに晩年の音楽の理論から飛び出たフリージャズをやっているころが好きですね。あとは、昔からドリーム・シアターとかのプログレッシブ・メタルも大好きです。最近はペリフェリーがお気に入りです。
Q.印象に残っているコンサートは?
A.高校生のときに父が連れて行ってくれたクラウディオ・アバドが指揮するベルリンフィルのマーラー『交響曲第9番』です。誰も息をしていないのではないかと思えるほどの静寂のなか、アバドがタクトを下した瞬間の感動を超えるものはたぶんないです。現世に存在しない人のスコアが、時を経て人の心を動かすということを本当の意味で強く意識した日でもありました。
Q.今後挑戦してみたいことは?
A.コマーシャル的なものではなく自分自身を表現することだけにサクソフォンを使いたいという気持ちがあります。一生に一枚でいいので、自分が生きた証を残せるようなアルバムを出したいですね。産まれて、心ではこんなことを想って時を重ね、そして自然に還っていくんだ、というような。
2024年3月1日(金)全国ロードショー
監督:成島 出
出演:杉咲 花 志尊 淳 宮沢氷魚 小野花梨 桑名桃李 金子大地 西野七瀬 真飛 聖 池谷のぶえ
余 貴美子 倍賞美津子
配給:ギャガ © 2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
詳細はこちら
アーティスト:小林洋平
発売元:ランブリング・レコーズ
発売予定日:2024年3月1日(金)
料金(税込):2,750円
詳細はこちら
文/ 福田素子
photo/ 宮地たか子(1、2、4、5枚目)
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