今月の音遊人
今月の音遊人:伊藤千晃さん「浜崎あゆみさんの『SURREAL』は私の青春曲。今聴くとそのころの記憶があふれ出ます」
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これはスランプなのか?それとも新しいステップ?
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2017.2.28
tagged: 大人の音楽レッスン, 銀座, サクソフォン, ヤマハ, 山口正介, レッスン, パイドパイパー・ダイアリー
暮れの発表会も終わり、いまは新曲に挑戦しつづけている。
難曲といわれているチャーリー・パーカーの『ビリーズバウンス』だ。いつもはおなじみのポップス系統の課題曲が多いのだが、これには即興部分をコピーしたパートもある。
さてと、アルトサクソフォンを取り出してレッスンにのぞむと、果たして初心者同然の出来だ。かれこれレッスン歴も10年になるが、いつもながら新しい曲に出合うと、いままでの勉強や達成感はなんだったのだろうと思う。
楽曲のフレーズは千差万別だ。それは言葉をしゃべるのに似ている。
たった12音を、長さを変えて順番に並べただけなのに、すべての音楽は新しく、その場でしゃべった会話のように、いままで聞いたことがない内容を持っている。
だから、新しい譜面と対面すると、そのつど、新しい戯曲をわたされた俳優のような気持ちになる。「こんにちは」というような単純なセリフでも、場面しだいでしゃべり方が違う。それと同じように新しい曲に挑戦すると、そのフレーズは知っているはずなのに演奏するときの気分が違うというか、新鮮なのだった。
それでいて、指は動かず、呼吸は息切れして音が出ない。この前の曲はかなりいい線いっていたのに、これはどうしたことだろう、ということになる。また一から出直しか、とがっかりしてしまう。あるいは、これはスランプなのではないかと錯覚する。もっと出来るはずなのに出来ないのは、なんらかのスランプではないかと思ってしまうのだ。
しかし、これは新しいステップなのだ。技術は直線的に上達するものではない。むしろ階段を一歩一歩上がるように、ある時期は平坦で上昇を感じられないものなのだ。
そう自分に言い聞かせる。楽器の上達方法、練習方法は繰り返し学習することだといわれる。ある人の話では、一度習得したと思った技術も新しいうちは、なかなか定着しないらしい。それを定着させるには、同じことを反復練習することだ。そうすると技術は少しずつ自分のものになっていくのだ。
さあ、それがわかったら、ひたすら地道に基本練習を繰り返そう。もう少し頑張ろう、と自分を励ます。
サクソフォンのレッスンに通っている銀座には、映画の試写室もたくさんあります。映画評の仕事のためには試写鑑賞が欠かせないので、レッスンのない日でも銀座へはよく出かけています。試写会の前後、街をぶらぶらしていると、新しいビルや店がオープンしたりしていて、通いなれた所でも思いがけない出会いがあるものです。
先日、銀座を歩いていたら、見覚えのある人が前からやってきました。教室の仲間でした。気づくまで間があったのは、教室でのラフな格好しか見たことがなかったのに、その日はびしっとしたスーツ姿だったからでしょうか。見るからにエリートビジネスマンです(実際にもそうだと思いますが)。 聞いてみると、勤め先が銀座界隈とのこと。それならば道で出会ったとしても不思議はありません。これも何かの縁です。そこで「ちょっと一杯、どう?」なんて言いそうになったのですが、ここは踏みとどまりました。相手にも都合があることでしょう。でも次回出会ったときには、ぜひ一杯!
作家。映画評論家。1950年生まれ。桐朋学園芸術科演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て、小説、エッセイなどの文筆の分野へ。主な著書に『正太郎の粋 瞳の洒脱』『ぼくの父はこうして死んだ』『江分利満家の崩壊』など。現在、『山口瞳 電子全集』(小学館)の解説を執筆中。2006年からヤマハ大人の音楽レッスンに通いはじめ、アルトサクソフォンのレッスンに励んでいる。
文/ 山口正介
photo/ 長坂芳樹(楽器)
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