今月の音遊人
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穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート
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2017.6.19
tagged: ヤマハホール, スティーヴン・オズボーン
夏場になると聴きたくなるボサ・ノヴァ。全身の緊張がほどけ、ゆったりとした呼吸でサウンドに身を委ねられる心地よさ。2017年は、その巨匠アントニオ・カルロス・ジョビン(1927~94)の生誕90周年にあたる。そんなメモリアル・イヤーに、ギタリストの伊藤ゴローとチェロ奏者のジャキス・モレレンバウムのジョイント・コンサートが開かれた。
モレレンバウムは、ジョビンの後半生にバンド「バンダ・ノヴァ」で10年間活動をともにしたジョビンの生き字引とも言える人物で、ジャンルを超えた味わい深いチェロ演奏で知られる。ブラジル音楽と温もりが溶け合った、心ほぐれるサウンドが持ち味の伊藤とは、アルバム『GLASHAUS/グラスハウス』『RENDEZ-VOUS IN TOKYO/ランデヴー・イン・トーキョー』をはじめ、ライヴでも共演を重ねてきた。
この日は、これらに収録した伊藤のオリジナル曲やジョビンの音楽などを軸にしたプログラムを、デュオやピアノを入れたトリオで演奏。ピアニストは『ランデブー~』で洒脱な演奏をしている澤渡英一である。
1曲目の「LUMINESCENCE/ルミネッセンス」から、ギターとチェロの会話が穏やかに始まった。曲のタイトルは発光を意味するが、湖水に射し込んだのか、水面のさざ波や水中の揺れ、泡などの静かなきらめきを連想するようなピアノの響きが美しい。モレレンバウムのボウイングは時の流れを思わせたり、時折ピチカートで語りかけたり……。聴衆は、銀座にいることを忘れて、すうっと澄んだ世界に包まれていくようだ。
続く「OBSESSION/オブセッション」も、取り憑いたような「妄想」ではなく、浮かんでは消え、消えては浮かぶ、聴く人それぞれのとりとめない思いが3拍子で揺らぎながら、国籍不明の抒情をやんわりと醸し、心は癒やされていく。
自身が紡ぎだす音楽に反して伊藤はとてもシャイで、「トークは苦手」という。あいさつも「ジャキスとは3年ぶりの共演で、んー……。一緒に演奏するのはかなり特別な感じで、それを楽しんでいただければ……」などと、手にしたマイクにつぶやくような喋り方。いざ演奏となると、人の心をそっと包み込むように、穏やかに話し続けるのに……。
前半はずっとトリオ演奏で、ジョビンの「INSENSATEZ/インセンサティス」や「CHORO(GAROTO)/ショーロ(ガロート)」も盛り込まれ、聴き応えたっぷり。あっという間に休憩時間になった。
シンプルなメロディーとあか抜けたハーモニーがふんわり一体化し、ポップスの風情を装いながらも、ベースに潜むクラシック的なフレーズが時々顔を出したりするジョビンの音楽。聴き手が理屈ぬきでリラックスできる、目に見えない空気孔のようなものを、どのように計算していたのだろう……などと思ったりしているうちに、後半が始まった。
伊藤のオリジナル「GLASHAUS/グラスハウス」で、ギターの高音域とチェロ低音域が、立体的な絵を描くようにコール&レスポンスを繰り広げる。そんな空間美も、自然と心の浄化につながっていくようだ。演奏後、楽しいサプライズが起きた。
ブラジル音楽に詳しく、J-WAVE開局から続くブラジル音楽番組「SAÚDE! SAUDADE…/サウージ!サウダージ…」をプロデュースする中原仁がステージに登場。シャイな伊藤のため、急遽トークの助っ人として駆り出され、インタビューすることになったという。会場は笑いに包まれる。
中原の通訳によると、地球の反対側のブラジルから30時間近くかけてやって来たモレレンバウムは、なんと来日16回目とのこと。ビックリする聴衆に「1986年のカルロス・ジョビン日本公演以来、来日のたびに思うのは、音響や照明をはじめコンサートに関わる人たちの素晴らしさ。しかも日本には美味しい食べ物や飲み物もいろいろあるからね(笑)」。
そして伊藤は、昨春ブラジルで仕事をしたときの話題を。
「リオ・デ・ジャネイロから車で1時間以上かかるポッソ・フンドという山間部のジョビンの別荘を訪ねる機会があって、仕事部屋に机や椅子とかが残っていて興奮しました」
この時の印象や自然から受けたインスピレーション、ジョビンへの敬意を込めて作った曲を、2017年7月発売予定の新アルバム『アーキテクト・ジョビン』に収録したとも。
モレレンバウムが「ゴロ―から、ポッソ・フンドをイメージして即興しよう、と誘われてできた曲で、とても素晴らしい。帰国後も仲間とまた演奏したほど」などと、付随するエピソードも披露して盛り上がり、トークは終了。
ライヴ再開となり、伊藤の故郷・青森の青森県立美術館開館10周年に作った「FLY ME TO THE AOMORI」などをトリオで演奏。再びマイクを握ると、伊藤は言葉少なく、相変わらずの照れ笑い。それでも、「ジャキスの旅疲れを心配しましたが、それをまったく感じさせない演奏で、さすがマエストロですよね。いつも僕に、その音はちょっと違うんじゃないか、などと教えてくれる音楽の師匠です」と、モレレンバウムへの思いを語った。
ラストの「NOVEMBER」は、伊藤とモレレンバウムのデュオでしっとりと。どこか日本的な音階が見え隠れするせいか、チェロの旋律が物憂い秋の風景や冬支度などを丁寧に話すにつれ、ステージに晩秋の空気が流れ込んで来た気がした。
それにしても、モレレンバウムのチェロの響きには、常に「救い」が感じられる。たとえ悲しい音楽であっても、聴き手が塞ぎ込むことなく、明日へそっと導いてくれる優しさが伝わってくる。今後も来日してもらいたいものだ。
原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍『200DVD 映像で聴くクラシック』『200CD クラシック音楽の聴き方上手』、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子
文/ 原納暢子
photo/ Ryo Mitamura
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