Web音遊人(みゅーじん)

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

夏場になると聴きたくなるボサ・ノヴァ。全身の緊張がほどけ、ゆったりとした呼吸でサウンドに身を委ねられる心地よさ。2017年は、その巨匠アントニオ・カルロス・ジョビン(1927~94)の生誕90周年にあたる。そんなメモリアル・イヤーに、ギタリストの伊藤ゴローとチェロ奏者のジャキス・モレレンバウムのジョイント・コンサートが開かれた。

モレレンバウムは、ジョビンの後半生にバンド「バンダ・ノヴァ」で10年間活動をともにしたジョビンの生き字引とも言える人物で、ジャンルを超えた味わい深いチェロ演奏で知られる。ブラジル音楽と温もりが溶け合った、心ほぐれるサウンドが持ち味の伊藤とは、アルバム『GLASHAUS/グラスハウス』『RENDEZ-VOUS IN TOKYO/ランデヴー・イン・トーキョー』をはじめ、ライヴでも共演を重ねてきた。

この日は、これらに収録した伊藤のオリジナル曲やジョビンの音楽などを軸にしたプログラムを、デュオやピアノを入れたトリオで演奏。ピアニストは『ランデブー~』で洒脱な演奏をしている澤渡英一である。

1曲目の「LUMINESCENCE/ルミネッセンス」から、ギターとチェロの会話が穏やかに始まった。曲のタイトルは発光を意味するが、湖水に射し込んだのか、水面のさざ波や水中の揺れ、泡などの静かなきらめきを連想するようなピアノの響きが美しい。モレレンバウムのボウイングは時の流れを思わせたり、時折ピチカートで語りかけたり……。聴衆は、銀座にいることを忘れて、すうっと澄んだ世界に包まれていくようだ。

続く「OBSESSION/オブセッション」も、取り憑いたような「妄想」ではなく、浮かんでは消え、消えては浮かぶ、聴く人それぞれのとりとめない思いが3拍子で揺らぎながら、国籍不明の抒情をやんわりと醸し、心は癒やされていく。

自身が紡ぎだす音楽に反して伊藤はとてもシャイで、「トークは苦手」という。あいさつも「ジャキスとは3年ぶりの共演で、んー……。一緒に演奏するのはかなり特別な感じで、それを楽しんでいただければ……」などと、手にしたマイクにつぶやくような喋り方。いざ演奏となると、人の心をそっと包み込むように、穏やかに話し続けるのに……。

前半はずっとトリオ演奏で、ジョビンの「INSENSATEZ/インセンサティス」や「CHORO(GAROTO)/ショーロ(ガロート)」も盛り込まれ、聴き応えたっぷり。あっという間に休憩時間になった。

シンプルなメロディーとあか抜けたハーモニーがふんわり一体化し、ポップスの風情を装いながらも、ベースに潜むクラシック的なフレーズが時々顔を出したりするジョビンの音楽。聴き手が理屈ぬきでリラックスできる、目に見えない空気孔のようなものを、どのように計算していたのだろう……などと思ったりしているうちに、後半が始まった。

伊藤のオリジナル「GLASHAUS/グラスハウス」で、ギターの高音域とチェロ低音域が、立体的な絵を描くようにコール&レスポンスを繰り広げる。そんな空間美も、自然と心の浄化につながっていくようだ。演奏後、楽しいサプライズが起きた。

ブラジル音楽に詳しく、J-WAVE開局から続くブラジル音楽番組「SAÚDE! SAUDADE…/サウージ!サウダージ…」をプロデュースする中原仁がステージに登場。シャイな伊藤のため、急遽トークの助っ人として駆り出され、インタビューすることになったという。会場は笑いに包まれる。

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

中原の通訳によると、地球の反対側のブラジルから30時間近くかけてやって来たモレレンバウムは、なんと来日16回目とのこと。ビックリする聴衆に「1986年のカルロス・ジョビン日本公演以来、来日のたびに思うのは、音響や照明をはじめコンサートに関わる人たちの素晴らしさ。しかも日本には美味しい食べ物や飲み物もいろいろあるからね(笑)」。

そして伊藤は、昨春ブラジルで仕事をしたときの話題を。

「リオ・デ・ジャネイロから車で1時間以上かかるポッソ・フンドという山間部のジョビンの別荘を訪ねる機会があって、仕事部屋に机や椅子とかが残っていて興奮しました」

この時の印象や自然から受けたインスピレーション、ジョビンへの敬意を込めて作った曲を、2017年7月発売予定の新アルバム『アーキテクト・ジョビン』に収録したとも。

モレレンバウムが「ゴロ―から、ポッソ・フンドをイメージして即興しよう、と誘われてできた曲で、とても素晴らしい。帰国後も仲間とまた演奏したほど」などと、付随するエピソードも披露して盛り上がり、トークは終了。

ライヴ再開となり、伊藤の故郷・青森の青森県立美術館開館10周年に作った「FLY ME TO THE AOMORI」などをトリオで演奏。再びマイクを握ると、伊藤は言葉少なく、相変わらずの照れ笑い。それでも、「ジャキスの旅疲れを心配しましたが、それをまったく感じさせない演奏で、さすがマエストロですよね。いつも僕に、その音はちょっと違うんじゃないか、などと教えてくれる音楽の師匠です」と、モレレンバウムへの思いを語った。

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

ラストの「NOVEMBER」は、伊藤とモレレンバウムのデュオでしっとりと。どこか日本的な音階が見え隠れするせいか、チェロの旋律が物憂い秋の風景や冬支度などを丁寧に話すにつれ、ステージに晩秋の空気が流れ込んで来た気がした。

それにしても、モレレンバウムのチェロの響きには、常に「救い」が感じられる。たとえ悲しい音楽であっても、聴き手が塞ぎ込むことなく、明日へそっと導いてくれる優しさが伝わってくる。今後も来日してもらいたいものだ。

原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍『200DVD 映像で聴くクラシック』『200CD クラシック音楽の聴き方上手』、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子

 

特集

今月の音遊人 綾戸智恵さん

今月の音遊人

今月の音遊人:綾戸智恵さん「『このコンサート安いわー』って言われたい。お客さんに遊んでもらうために必死のパッチですわ!」

13342views

音楽ライターの眼

連載34[ジャズ事始め]自分だからこそ表現できるジャズをやるしかないと気づいた佐藤允彦が渡米するまで

2868views

マーチングドラム

楽器探訪 Anothertake

これからのマーチングドラム ~楽器の進化の可能性~

14123views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

21728views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

16385views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

27199views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

25451views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10750views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16080views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

5616views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7231views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

33105views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

18729views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9110views

伊藤亮太郎 弦楽アンサンブル

音楽ライターの眼

N響コンサートマスターと6人の名手ならではの極上のアンサンブル/伊藤亮太郎 弦楽アンサンブル

1804views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

3363views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

8601views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

27978views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6635views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

4877views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9721views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11102views