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今月の音遊人:八代亜紀さん「人間だって動物だって、音楽がないと生きていけないと思います」
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プリンスの故郷を通して見える素顔。映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』
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2024.6.7
tagged: 音楽ライターの眼, プリンス, プリンス ビューティフル・ストレンジ
プリンスは20世紀以降のポピュラー音楽の歴史において、最も重要なアーティストの1人だ。1978年にデビュー、『1999』(1982)『パープル・レイン』(1984)『サイン・オブ・ザ・タイムズ』(1987)などのヒット・アルバムを筆頭に、膨大な数の作品を発表。ロックもソウルもポップも超えて、それでいて常にファンキーなサウンドは、世界中のファンを魅了してきた。あらゆる楽器をこなすマルチ・プレイヤーであり、プライベートでも数々の女性と浮名を流すなど、常に生命力に満ち溢れた彼ゆえ、2016年4月21日、57歳で彼が亡くなったというニュースが報じられたときには、“プリンス”と“死”という2つの語句が並べられていることに非現実的なものを感じたほどだった。今日でも彼の音楽はあまりにも生き生きとしており、それを創った彼がもういないという事実は不思議に感じるほどである。
2024年6月7日(金)より公開される映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』(原題『Mr. Nelson On The North Side』)は、そんなプリンスの人生に多角的に迫った作品だ。
カナダを拠点とするダニエル・ドール監督による本作は「プリンス・ロジャース・ネルソン財団は本作と無関係です」という文言から始まる。つまり本作はプリンスの遺族や著作権の管理団体と関係なく作られた“未公認”作品であり、彼の楽曲は一切使われていない。よってヒット曲の数々を映画館の大スクリーンと音響で全身に浴びたいというファンには、本作は向いていないだろう(モントルー・ジャズ・フェスティバルでのライヴ・フッテージが一瞬収録されているが)。だが実際に本作を観てみるとスチル写真や映像とナレーション、関係者やファンの談話などで、密度の濃い68分を過ごすことができる。
『Mr. Nelson On The North Side』(北側のネルソンさん)という原題が示唆するとおり、本作ではプリンスが生まれ育ったミネソタ州ミネアポリス北部そのものが“主人公”のひとつだ。第二次世界大戦後、アフリカ系がアメリカ南部から北部に大量移住したことや公民権運動を背景に、ミネアポリスの黒人文化の中心となったコミュニティ・センター“ザ・ウェイ”などが、プリンスの人生と交差していく。彼が1980年代に開設した“ペイズリー・パーク”がただ自宅兼スタジオ・コンプレックスというだけでなく、“ザ・ウェイ”の発展形としてミネアポリスの文化を支える施設だということも判る。
本作でプリンスを語るアーティスト達の談話も興味深い人選とエピソードで飽きさせない。プロ・デビュー前のプリンスがどうしてもチャカ・カーンと会いたくて「スライ・ストーンです」と嘘をついて呼び出したとチャカ自らが語っているが、下手をすると警察沙汰になりかねない逸話を笑いながら話し、そこから生涯続いた友人関係をスタート。1984年にはプリンス作の『アイ・フィール・フォー・ユー』をチャカが歌って世界的な大ヒットにしてしまったのだから、2人の器とスケールの大きさに驚かされる。
プリンスと共演したことのあるチャックD(パブリック・エネミー)が彼の人柄について話すが、もっと詳しく聞き込んで欲しかった気も。それに対して、どんな関係が?……と首を傾げるビリー・ギボンズ(ZZトップ)が実は面識があって、彼と交わした音楽トークの一部を明かしてくれる。メイシー・グレイやオリアンティも思い出を話しているし、ランディ・バックマン(バックマン・ターナー・オーヴァードライヴ)やダニー・セラフィン(シカゴ)などは映画を観る限りでは面識があったのか判らないものの、独自のプリンス論を語っている。
“ザ・ウェイ”代表だったハリー“スパイク”スミスや初期のプリンスを育てたソニー・T(後にニュー・パワー・ジェネレイション)など、直接プリンスを知っていた面々や“ペイズリー・パーク”に出入りしていたファンの経験談なども盛り沢山(プリンス関連書籍で名前を見かけたことがあっても顔を知らなかった人物も)。“未公認”だからといって粗雑ではなく、むしろ“未公認”だからこそディテールにこだわることができたと言える。
なお本作でオリジナル音楽を提供しているのはドイツのファンク・バンド、ファンキー・タイムズだ。
世界的なスーパースターとなったプリンスだが、地元ミネアポリスに戻ると地に足の着いた“北側のネルソンさん”だった。そんな彼の人柄が伝わってくるのが『プリンス ビューティフル・ストレンジ』だ。
なおプリンスの没後に作られた映画には『The Prince Story: Icon, Genius… Slave』(2017)という作品もある。こちらは彼のミュージック・ビデオやニュース映像、ミーシャ・パリスらも含むインタビュー、そして俳優による再現ドラマが交錯する作り、エレベーターホールで倒れているところの再現シーンがあったりして若干悪趣味にも感じるが、単なるプリンス・エクスプロイテーションとはいわせない作品となっている。
そしてファン待望なのは、Netflixが制作中といわれる財団公認のドキュメンタリー・シリーズ。全6〜8回の長編になるらしいが、監督の入れ替わりなどがあり、2018年から企画が進行中ながらまだ放映時期が発表となっていない。
数々のレコーディングで自分をさらけ出しながら、常にミステリアスな存在だったプリンス。そのドキュメンタリー作品を通じて、神秘のヴェールの向こうにある彼の素顔を覗き込んでみたい。
2024年6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー
提供:キュリオスコープ、ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
出演:プリンス、チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズ他
監督:ダニエル・ドール
原題:Mr. Nelson On The North Side
2021年/カナダ/英語/68分/16:9フル/ステレオ
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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