Web音遊人(みゅーじん)

村上春樹の100曲

“音楽”という視点から村上春樹の小説を眺めてみる/『村上春樹の100曲』

新作を発表するたび大きな話題となり、今、世界で最も有名な日本人作家といっても過言ではない村上春樹。ファンであるか否か、作風が好みかどうかはさておき、多くの人が人生のあるタイミングで彼の小説に触れ、さまざまな思いを抱いた経験があるのではないだろうか。

村上作品の特徴のひとつに、作中に多彩な楽曲やアーティストが登場するということがある。処女作『風の歌を聴け』に何度も出てくる「カルフォルニア・ガールズ」(ザ・ビーチ・ボーイズ)や、『ノルウェイの森』のその名も「ノルウェイの森」(ザ・ビートルズ)、『1Q84』冒頭の『シンフォニエッタ』(レオシュ・ヤナーチェク)など、物語のキーアイテムとして楽曲、アーティストが扱われることが多い。

本書では、村上作品に登場する音楽を「ロック」「ポップス」「クラシック」「ジャズ」「80年代以降の音楽」の5つのジャンルに分け、各20曲・計100曲を各ジャンルのスペシャリストが解説している。ちなみに「80年代以降の音楽」という章があるのは、村上春樹の時代や音楽に対する意識が明確に変わった境が80年代で、村上作品の移り変わりを見るのに不可欠なカテゴリーだからだそうだ。
「ここでキーとなるのが『60年代的価値観』である。これは村上自身の言葉だ。70年代と80年代は、この60年代的価値観がかろうじてまだ有効だった時代、もはや通用しなくなった時代というふうに、村上の中では画然と隔てられている」(本書より)と、編・著者であり、「80年代以降の音楽」の章を担当した栗原裕一郎はいう。

ファンの間ではよく知られた話だが、村上春樹は小説家としてデビューする前、50年代のジャズをメインに聴かせるジャズ喫茶のマスターだった。10代前半からジャズ・クラシックを中心とする熱心なリスナーであり、レコードコレクターとしても相当の目利きという彼のバックグラウンドを考えると、音楽が商業主義に傾いていった80年代以降、作中にロックやポップスがあまり登場しなくなったのは当然の流れかもしれない。なお、このあたりの背景の分析については、各ジャンルのスペシャリスト5名が「あとがき座談会」で鋭く切り込んでおり必見だ。

本書は文芸評論ではなく、ディスクガイドの面が強く押し出されており、巻末の「村上春樹の小説全音楽リスト」では、焦点を当てた100曲以外に、各作品のどの箇所で、どんな曲が登場しているかが一覧でわかるようになっている。さらに本書で紹介されている曲の一部は、「Spotify」(音楽配信サービス)で『村上春樹の100曲』としてまとめられており、無料で聴くことができる。

これまであまり論じられることのなかった、村上作品の「音楽」や「アーティスト」にスポットを当て、作品における音楽の意味や役割、作者との精神的な結びつきを論じた『村上春樹の100曲』。村上春樹ファンだけでなく、音楽ファンも楽しめる一冊だ。

■インフォメーション

『村上春樹の100曲』
著者:栗原裕一郎、藤井勉、大和田俊之、鈴木淳史、大谷能生
発売元:立東舎
発売日:2018年6月15日
価格:1,800円(税抜)
詳細はこちら

 

特集

小野リサさん

今月の音遊人

今月の音遊人:小野リサさん「ブラジルの人たちは、まさに『音で遊ぶ人』だと思います」

12899views

バッハにオマージュを捧げる弦楽器奏者たちの味わい深い録音

音楽ライターの眼

バッハにオマージュを捧げる弦楽器奏者たちの味わい深い録音、おすすめのアルバム5枚

5588views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

1268views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

47263views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

8858views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

2332views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12691views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6984views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20133views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4592views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8626views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19795views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20133views

ブラック・サバス

音楽ライターの眼

ブラック・サバスのトニー・マーティン期作品を収録したボックスが発売

1668views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1103views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

8153views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

14761views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14509views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4688views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

8993views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9054views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views