Web音遊人(みゅーじん)

ジャズならではのバイアスがクラシックでは意図しえない結果を生む?

クラシックが楽曲の作者の意図をどれだけ斟酌(しんしゃく)できるかに腐心する音楽だとすれば、ジャズは作者が意図しないことを見つけてどれだけ(作者を含めたリスナーを)驚かせることができるか──に腐心する音楽なのではないかと思っている。

いきなり“ジャズはクラシックのなれの果てなのか”という問題の結論めいたことを書き出してしまったけれど、この問題はそんなに単純ではないと思っているので、もう少し掘り下げていきたい。

前回、塩谷哲によるラヴェルの「ボレロ」を観て、「これはクラシック・ホールでなければできない」と唸ってしまったことに触れた。

どういう状況だったのかを簡単に説明しよう。

会場となったミューザ川崎シンフォニーホールは、巻き貝をイメージさせる独特の構造の空間で、そのほぼ中央にステージがあることで知られている。つまり、観客は演奏者と正対した“一方通行的な鑑賞”ではなく、場所によって感じ方が違う“全方位的な鑑賞”をせざるをえない。ここが“自分も劇に参加しているような気分になるホール”と言われる所以だ。

塩谷哲アレンジの「ボレロ」は、放射状に並べられた6台のグランドピアノを使って、この曲の特徴的なリフレインを振り分けて演奏させる、というものだった。

実は最初、「ずるいなぁ……」という感想が浮かんだ。ほかの出演者が披露したアレンジは、ジャズにクラシックの要素を“融合しよう”という“努力の跡”が感じられるものだったのに対して、塩谷哲はほぼラヴェルの「ボレロ」を演奏しただけと言ってもいいと感じたのだ。

それにもかかわらずこの演奏が印象に残っていたのは、それがこれまでのジャズではなされなかったアプローチを具現したものだったからだ。もちろん、それはクラシックでもない。

再生装置としてのオーケストラを、配置によって楽曲の表現とリンクさせる手法は、クラシックでは一般的に行なわれると言ってよいだろう。

ジャズでもオーケストラ・スタイルでは(主にヴォリューム調整を目的としたものではあるが)、配置を意識した表現もあった。

しかし、小編成のジャズが主流になり、リスニング・スタイルがオーディオを前提としたものになったことも加わって、演奏者の位置が固定化(もしくは二次元化)していったことは否めない。クラシックでさえも、前述の正対するホール構造の制約によって二次元化が進んでいたことになる。

これらを見事に“裏切ってくれた”のが塩谷哲のアプローチであり、それはまた独特な空間を有したミューザ川崎シンフォニーホールを舞台に「アソコでやれることをやろう」とした“佐山雅弘ならではのバイアス”が仕向けた結果──だと言えるのではないだろうか。

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:May J.さん「言葉で伝わらないことも『音』だったら素直に伝えられる」

10770views

音楽ライターの眼

連載14[ジャズ事始め]アメリカよりも箔が付いた?“ジャズの蜜月地”上海

2650views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

45412views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

2778views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11978views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

15776views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

25559views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3399views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20398views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11996views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5020views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26348views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8574views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10536views

フジ・ロック・フェスティバル'18にボブ・ディランが参戦。歴史的イベントをたっぷり楽しむには

音楽ライターの眼

FUJI ROCK FESTIVAL’18にボブ・ディランが参戦。歴史的イベントをたっぷり楽しむには

6098views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5824views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9983views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

5856views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

8795views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4881views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

1401views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3338views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26348views