Web音遊人(みゅーじん)

連載20[ジャズ事始め]ジャズは自分にとってなんなのかを追求した日本人・穐吉敏子の答え

1956年(昭和31年)初頭、穐吉敏子はバークリー音楽大学ヘ入学するため日本を飛び立った。彼女を乗せた四発プロペラ機(プロペラエンジンが両翼に2基ずつ配置された旅客機)が米ボストンのローガン空港に到着したのは、日曜日の夜更け過ぎ。

当地ジャズ界のお歴々に出迎えられた穐吉は、その足で著明なジャズクラブ“ストーリーヴィル”へ向かうことになる。

この週の出演者はバド・パウエル・トリオで、日曜の夜はその最終日。穐吉がバド・パウエルを“私の英雄”と敬愛してやまないことを知っていたクラブ・オーナーのジョージ・ウィーンが、出迎えた流れで彼女をそのまま連れて行ったようだ。

日本ではジャズ喫茶に通うなどして、レコード(LP盤)を介して「私のせいで一部分だけすり減ったLPが大分増えた」というほど(採譜のために)聴き込んでいた憧れのバド・パウエルの生演奏に触れ、留学先であるボストン初日に遭遇できた印象を、「一生、私にとってはやはり忘れられない」(引用:NHK人間講座・秋吉敏子「私のジャズ物語 ロング・イエロー・ロード」日本放送出版協会刊)と書き記している。

このときのドラマーが、朝鮮戦争で召集され日本に駐留していた折に彼女と共演したことがあるエド・シグペンだったこともあり、休憩のときにバドに紹介される。するとバドは、ピアノを弾いてみせろと彼女を促したという。

「(「チュニジアの夜」を弾く穐吉の)後ろでバドが大声で笑っているのが聞こえました。今では及びもつかないことかもしれませんが、当時は日本人がジャズを演奏するということを知ることだけでも(アメリカ人にとっては)ちょっとした驚きだったのです。ましてや女性となると、これはものすごい驚きだったようです。演奏を終えてステージを下りると、バドは深くおじぎを私に向かってしました」(引用:前掲書。カッコ内追記は筆者)

穐吉はこのとき、彼女の才能に対するバド・パウエルの畏敬を感じたようだ。しかしボクは、その根底に“人種差別”や“性差別”という前提があったことを感じざるを得ない。なぜなら、だからこそ彼女はその後、ジャズの最前線ヘ身を置くために訪れたアメリカで、それらと闘いながら、自分にとってのジャズを探すことになるのだから──。

アメリカで黒人公民権運動が盛り上がりを見せ、この問題がほんの少しだけ変化したのは1960年代半ばのことなので、これよりおよそ10年後。

「私は戦後、非常識で混沌としていた日本の社会で、ちょっとしたきっかけで音楽界に入り、ジャズに魅かれました。十六歳だった私は、誰かの本にあったように『アメリカ進駐軍の政策の片棒を担いでいる』などという意識は全然なしにジャズという音楽にのめり込み、ジャズの中で人間としての成長を続けました。ですから、私はためらいなしに『ジャズは私のものであり、私の存在そのもの』ということが出来ます。では、私はジャズにとって何なのでしょう」(引用:前掲書)

穐吉敏子の答えは、彼女の作品に色濃く反映されているので(例えば日本語を使ったタイトルや、「ミナマタ」「ヒロシマ」といった日本人にとって重いテーマ性をもった曲など)、ぜひ聴いてみていただきたい。

参考:穐吉敏子『ジャズと生きる』岩波新書

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:西村由紀江さん「誰かに寄り添い、心の救いになる。音楽には“力”があります」

4490views

音楽ライターの眼

ピンク・フロイド関連映像作品3タイトルがリリース。ステイ・ホームなんて怖くない

1875views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

1950views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

87165views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

8697views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

2686views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

10933views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

1719views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

11048views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

5522views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

3770views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

7778views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

17193views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

20625views

音楽ライターの眼

ホワイトスネイクが新編成ベスト三部作の完結編『ザ・ブルース・アルバム』を発表

2042views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

2686views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

8324views

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

楽器探訪 Anothertake

【動画】「楽しさ」をまるごと運ぼう!「ELC-02」の分解、組み立て手順

14971views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

10933views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

5451views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

15636views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

8644views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

7778views