Web音遊人(みゅーじん)

トリオでなくてカルテット ホールと共に奏でるベテランの三重奏/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.7

初めて新生ヤマハホールにきたときの驚きを振り返る。こぢんまりとしていて舞台が近い。演奏者はすぐそばにいる。ただ天井が高い分、空間の容積が大きい。だから、懐の深い響きがする。そのためここは、演奏の隅々まで克明に鳴らし切る一方、大会場のような豊かな余韻も持っている。

そんなホール・サウンドを思い出させてくれたのが、徳永二男(バイオリン)、堤剛(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)のトリオだ。2020年12月3日、ベートーヴェンとチャイコフスキーのピアノ三重奏曲を聴きに、歳末の銀座へと向かった。

銀座通りは少し寂しかった。例年なら往来に、讃美歌を奏でながら献金を募る「社会鍋」(救世軍)が出るが、今年は自粛しているようだ。心なしか人出も少ない。年の瀬の賑わいにはほど遠い印象を受ける。それでも演奏会という目的があるので、足取りはそう重くない。

この日のコンサートは先述の通り、日本の演奏シーンを支えてきたベテラン奏者3人によるピアノ・トリオの夕べ。このピアノ三重奏というのは、“聴こえかた”の点で少し変わった編成だ。バイオリンの音は舞台から直接、聴き手の耳に届く。チェロの音は会場の両翼を回り込んで、ハグするかのように客席を包む。ピアノの音はステージから放物線を描くように放たれ、少し上のほうから降ってくるように聴こえてくる。空間の使いかたが三者三様なのだ。

これが音楽的にとても面白い効果を生む。たとえば前半、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番『大公』の演奏。3つの楽器でテーマを受け渡していく場面がしばしば見られる。それが単なる音形の手渡しでは終わらない。楽句が移動すると同時に、響きかたも移り変わる。空間の質そのものが変化したように感じられるのだ。

3人のベテラン奏者は舞台中央に集まっているはずなのに、さまざまなところから音が聴こえてくる。しかも、それが頻繁に移ろっていく。こういう演奏には立体的という比喩がふさわしい。3人がその飛び交う音を楽しんでいるようにも見える。

後半の演目は、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲『偉大な芸術家の思い出に』。こちらでもその空間性がものを言う。たとえば第2楽章第6変奏のワルツ。3つの楽器が違う方向から現れては、次々にダンスに参加していく。フーガの第8変奏では、それぞれの楽器の聴こえてくるところがちがうので、ポリフォニーの交通整理が自然と行き届く。

こうした性質を逆手に取る場面もあった。全曲を締めくくる葬送行進曲では、3人の奏者が音色と方向性とを不意に一致させて、足並みを揃える。それまでの音の飛び交う立体性とは正反対だが、最後の葬列にはふさわしい表現だ。

当夜の奏者は3人。演目もピアノ三重奏曲だった。しかし振り返れば、ホールもその演奏の欠くべからざる登場人物のひとりだったように思われる。もしかすると聴いたのは、トリオでなくカルテットだったのかもしれない。

澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:城田優さん「音や音楽は生活の一部。悲しいときにはマイナーコードの音楽が、楽しいときにはハッピーなビートが頭のなかに流れる」

6761views

音楽ライターの眼

言葉なき歌をうたう/マイケル・コリンズ 天才クラリネット奏者が贈る室内楽の愉悦

5079views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

7485views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

7450views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9066views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

わかりやすい言葉で、知られざる楽器の魅力を伝えたい/楽器博物館の学芸員の仕事(後編)

8405views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

17670views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8582views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

22245views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9399views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4741views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9890views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12295views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14694views

音楽ライターの眼

アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭の「イル・トロヴァトーレ」でヴェルディを堪能する

2915views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14472views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

1629views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

24750views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

23730views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

5854views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

23378views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2905views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29637views