今月の音遊人
今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」
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芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事
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2020.10.14
tagged: オトノ仕事人, インクルーシブアーツ, だれでもピアノ, 音の光の動物園, 新井鷗子
2017年、渋谷のまちなかを舞台にした音楽フェスティバル「渋谷ズンチャカ!」にてお披露目された「だれでもピアノ」。指一本でメロディラインを鳴らせば、伴奏とペダル操作が自動で追従するピアノである。これは東京藝術大学のインクルーシブアーツ研究室とヤマハが共同研究して作ったものだ。では、インクルーシブアーツとはどのようなものなのだろうか。現在、東京藝術大学特任教授としてインクルーシブアーツの研究を行う新井鷗子(あらいおーこ)先生にお話を伺った。
インクルーシブアーツとは、直訳すると「社会包摂的な芸術」という意味になるが、「すべての人たちが芸術をとおして等しく交流し、芸術が身近にある社会を目指していく」ということを目的としている。研究を行っている東京藝術大学(以下、藝大)では、2011年から「藝大アーツ・スペシャル〜障がいとアーツ〜」を開催している。前述したように、「芸術をとおしてすべての人たちが交流する」というコンセプトのもとに行われているイベントで、藝大内のホール「奏楽堂」にて、全盲のバイオリニストや手足の不自由なデザイナーなど、障がいのあるプロのアーティストを招き、彼らの作品を障がいのある方もない方も一緒に鑑賞するという内容だ。
「2011年から毎年開催しているイベントで、私はそれをお手伝いする形で関わるようになりました。また、それに伴い、『障がいとアーツ研究』という授業も大学内で立ち上げました。障がいのある方を芸術で支援する方法を研究する授業です。例えば、障がいのある方と一緒に絵を描いたり、ミュージカルを作ったり。そうしたことを授業で行っています」と新井先生。
その後、2015年に文部科学省とJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)が推奨する「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」が立ち上がる。これは、産官学が連携して社会にイノベーションを起こすという、いま最も注目される学術的研究だ。現在は藝大がCOIの拠点となり、さまざまなジャンルの研究を行っている。
「藝大がCOIの拠点となったことから、研究テーマのひとつとして、それまでイベントとして行っていた“障がいとアーツ”への取り組みを“インクルーシブアーツ”として研究することになりました。COIでは企業と連携して、社会に貢献するための研究・開発を行っていますが、インクルーシブアーツ研究室では、障がいのある方が困っていることを解決するための楽器やデバイス、アプリなどを開発しています。さまざまな企業とともに研究していますが、音楽の分野ではヤマハなどと一緒に開発を行っています」
インクルーシブアーツの研究にあたり、新井先生は、筑波大学附属桐が丘特別支援学校を訪問。そこでは、車椅子に乗り、脳性まひで指が数本しか動かないような子どもたちが一生懸命ピアノや電子キーボードを練習していたという。新井先生はその様子を見て、ヤマハが開発した自動演奏機能つきアコースティックピアノ「ディスクラビア」を用い、子どもたちの演奏を科学技術で支援できないかと考えた。
「指一本しか動かせない女の子がいて、その子がショパンのノクターンを一生懸命練習していたんです。その子がノクターンを完全な形で演奏できるようになるために、ヤマハとともに自動伴奏機能の開発改良を進めていきました。結果、2015年12月、その女の子は藝大の奏楽堂の舞台に立ちました。メロディをその子が指一本で弾き、それに伴いペダルが動く。伴奏は別の電子キーボードと連動させて音源を出す形で、ノクターンを披露したのです」
その後さらに開発を重ね、2017年9月には、渋谷の街を舞台とした音楽フェスティバル「渋谷ズンチャカ!」で、一台で自動伴奏もできるアコースティックピアノ「だれでもピアノ」を披露。その際は、『きらきら星』や『大きな古時計』など、数種類の伴奏プログラムが加わった現在の「だれでもピアノ」の形が完成。さらに同年、毎年渋谷で行われている福祉展示会「超福祉展」でも同ピアノを披露した。
「一人のために開発したものを万人が楽しめるものにする、という流れがインクルーシブアーツには必要なんです。不思議なもので、幅広い人のために作ったものは誰のためにもならないんですよ。一人の女の子のために突き詰めて作ったものが、ある日突然ユニバーサル楽器になる。これは“個人に特化したものが一番ユニバーサルになる可能性を秘めている”という、私たちの研究開発が最も理想とする形でした」
また、インクルーシブアーツ研究室では「音と光の動物園」というワークショップも開催している。発達障がいのある子ども向けに親子で参加できるワークショップで、音楽と映像と美術を融合させた、藝大でできることがすべて詰まった内容だ。
「ワークショップのなかでオノマトペ(擬音語・擬態語)を使った遊びを取り入れていて、たとえば“ぴょんぴょん”や“わんわん”など、動物の動きや鳴き声を表す言葉をカードにし、それにiPadをかざすとその動きをする動物たちが映像で出てくることで、楽しみながら言語や概念を学べる仕組みを作ったんです。こちらもはじめは発達障がいの子たちを支援する目的で行っていたのですが、それが普通学級の子どもたちの学びにもなるのでは、ということで、文部科学省が定める2020年度の学習指導要領準拠小学校音楽教科書の副教材に取り入れられるようになりました」
なお、前述した「だれでもピアノ」は、2020年10月からシニア向けのレッスンシリーズとしても展開していくという。
「横浜市役所の協力を得て、庁舎内で『だれでもピアノ』のワークショップを行うことになりました。ピアノの上達や楽しさにつながることはもちろんですが、楽器の演奏は高齢者にいいとよく聞きますよね。ですが、漠然とした話ではなく、私たちは、きちんと科学的な面と心理的な面でもデータを取り、『だれでもピアノ』から生まれる効果を証明したいと考えています。高齢になるとだれでも不自由な部分が出てきて、だれもが“障がいのある人”になる可能性があります。高齢者のための芸術支援は、そうした日本が抱える超高齢化社会への課題解決のために重要だと考えていますので、力を入れていきたいと思っています」
Q.子どもの頃になりたかった職業は?
A.父が画家で、母が音楽教師だったので、漠然と芸術関係の仕事に就くんだろうなと思っていました。
Q.音楽以外で興味があることは?
A.父が画家だったというのもあり、絵を描くことは好きです。どこかに出かけたり、コンサートで印象に残ったことがあったりすると、その様子をイラストや油絵で描いています。あとは散歩も好きです。歩きながら仕事のアイデアを練ることもあります。
Q.お仕事以外でライブやコンサートに行かれることはありますか?
A.配信で演劇やライブを観るのが好きです。最近は『生きる』という演劇に感動しました。コロナ禍でオンラインフェスティバルが増えましたが、片っぱしから全部観ていたんです。オンラインだと掛け持ちで鑑賞できるので、パソコン2台を使っていたこともあります(笑)。
Q.著作家としてもご活躍されていますが、読書もお好きですか?
A.読書家というわけではないですが、本は結構読みます。『音楽家ものがたり』(音楽之友社)という子どものための伝記シリーズを一年に一冊くらいずつ書いていますが、そのために資料として読むこともありますね。この本を手に取った子どもたちがモーツァルトやベートーヴェンといった音楽家を身近に感じられるような視点を入れるために、時代背景や音楽以外のことにも触れるようにしていますね。
Q.これからやってみたいことは?
A.まちづくりをやってみたいです。現在、横浜みなとみらいホールの館長もさせていただいていますが、みなとみらい地区は今、通信インフラを整えて生活の質を向上させていく「スマートシティ化」を目指しています。例えば、病院や施設にいながらコンサートホールで行われているコンサートが観られるようになるなど、通信網を使って街全体に芸術文化を行きわたらせて、生活することがより楽しくなるようなまちづくりをしたいと考えています。
全8回のシニア向けレッスンを開催。ピアノ初心者の方も大歓迎!
日程:2020年10月29日(木)~2021年1月29日(金)全8回
会場:横浜市民協働推進センター(横浜市役所1階)
対象:65歳以上、全8回のレッスンに参加できる方(定員8名、横浜市内在住の方優先)
申込期間:9月21日(月・祝)〜10月20日(火)
※レッスン修了生による発表会(任意参加)を2021年2月14日(日)に横浜市役所1階アトリウムで開催予定です。
詳細はこちら
音楽と映像を用いた、親子で楽しむワークショップ
日時:2020年10月25日(日)14:30~16:00(開場14:00)
会場:横浜みなとみらいホール
対象:発達障がいがある小学生のお子さまとその保護者(定員10組20名)
※定員に達したため、応募を締め切りました。
詳細はこちら
文/ 清水由香利(RUNS)
photo/ 松永光希
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