今月の音遊人
今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」
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歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事
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2021.9.29
tagged: オトノ仕事人, ミュージカル指揮者, ミュージカル音楽監督
日本では数少ないミュージカル専門の指揮者、塩田明弘さん。ミュージカル制作者たちが「まず塩田さんのスケジュールをおさえるのが成功の秘訣」と口々に言うほど、数多くの現場で頼りにされる第一人者である。今回は実際に稽古場を見学させていただきながら、その仕事哲学を伺った。
ミュージカルは歌、芝居、踊りが一体となったエンターテイメント。塩田さんの存在は、ただ指揮をするだけでなく、それらすべての要素を音楽でひとつに束ねる司令塔と言えるだろう。
「指揮者として作品に関わる場合や、指揮者と音楽監督を兼任する場合、音楽監督だけの場合とパターンはいろいろですが、だいたい年に7~8作品の本番を手がけています。海外では基本的に指揮者と音楽監督は同じ人が務めますが、日本では分かれていることが多い。ひと月以上ある役者の稽古に立ち会うのは音楽監督の仕事ですが、僕は指揮だけの仕事のときでも必ず稽古に立ち会います」
そう語る塩田さんの仕事は、本番を迎える2~3年前から始まる。まずキャスティングが決まると、海外作品の場合は訳詞家と話し合い、歌詞と音楽がうまくはまるかを検証する。演出家とは「このシーンではこういう歌い方をしたい、ここでBGMを入れよう」といったシーンごとの打ち合わせをする。舞台監督とは、大道具の舞台転換にどのぐらい時間がかかるのか、その間の音楽はどうするのかを話し合う。舞台上の役者の動き、裏方のスタッフの動き、すべてを把握していないと務まらない。
「若い頃はミュージカル指揮者を目指そうにも公演自体がほとんどなかったので、オペラ団体の藤原歌劇団で下積み生活を送りました。そこで稽古ピアノを弾いたり、金魚鉢と呼ばれる照明ボックスからペンライトで合唱を指揮したり、プロンプターボックスから指示を送ったり……あらゆる裏方の仕事を経験させてもらいました。いちばん嬉しかったのはデビュー公演の本番前、裏方のスタッフ5~6人が楽屋を訪ねてきて、『塩ちゃんおめでとう。君が舞台裏を走り回るのを見ていたから、いつかデビューすると思っていたよ。今日は舞台転換や機構など、舞台裏のことは気にしなくていいから、音楽だけに集中して振りなさい』と言ってくださったこと。忘れられない思い出です」
ミュージカルの現場では、本番の2か月ほど前から役者たちの歌稽古がスタートし、1か月半ほど前から立ち稽古に入る(稽古の期間は作品の規模によって異なる)。稽古場へ足を運び、役者や演出家と日々ディスカッションしながら舞台を作り上げていく塩田さん。もっとも胆力がいるのは演出家とのやり取りだという。
「役者には『このシーンはこういう声の出し方で歌ってみては?』といったサジェスチョンをしつつ、彼らがどう感じているのかを聞いて、互いに交流しながら進めていきます。歌い出しのタイミングは役者に合わせてオーケストラが入ることもあれば、僕の合図に合わせて役者に入ってもらうこともある。主導権は半分半分、良い意味でせめぎ合いながらやっています。演出家とのやり取りもせめぎ合いですね。『ここの音楽はどういう風に表現すればいいの?』と演出家に聞かれたとき、ちゃんと答えられなくてはならないのですが、その答えは必ずしも毎回同じではない。そのときの状況によって求められる答えは変わっていきます」
そして、本番も近づいた頃に行われるのがオーケストラリハーサル。役者が稽古を行っている稽古場とは別のスタジオで、たった数日の間に仕上げなくてはならない。今回の取材のために見学させていただいたブロードウェイ・ミュージカル『エニシング・ゴーズ』のオーケストラリハーサルは、コロナ禍という状況もあり、わずか4日間だった。
「数日間で『このシーンでは役者がこういう芝居をするから音楽はこんなイメージで』といったように、稽古場の様子をオーケストラにすべて伝えていきます。芝居の台本も基本的には覚えるようにしていますね。やはりミュージカルは芝居ありきですから」
オーケストラリハーサルでは、演奏の合間に「塩田さ~ん、ちょっといいですか?」と若いメンバーから質問が飛んでくる。ときにジョークも飛ばしながら、フランクに質問に答える塩田さんは、厳格なリーダーとしての指揮者のイメージとはまったく違う。
「指揮者というのは儚い商売で、僕がただ棒を振っても音は鳴りません。みんなにそっぽを向かれたらなにもできない。そういう意味で、指揮者は心理学者でもあるかもしれません。やっぱり人と人なので、伝え方はとても大事。僕は同じことを伝えるにしても、人によって言い方を変えています。稽古のあと、役者やオーケストラに『ここはこうしてほしい』と伝えることを日本では“ダメ出し”と言いますが、僕は欧米と同じように“ノート”と言っています。ダメ出しという言い方はネガティブ。そうではなく、指揮者も役者も演出家も、互いに切磋琢磨し合いながら学んでいけたらいいなと思っています」
本番では役者たちの気分を上げ、「踊る指揮者」と呼ばれるダイナミックな表現で舞台を盛り上げる。
「役者の呼吸、オーケストラのタイミング、舞台上の装置や照明、すべてがぴったりと合った奇跡のような瞬間は、棒の先にビリビリッと走るものがあります。“音楽が芝居をしているとき”がベストですね。そういう瞬間は、次はいつ訪れるかわからない。それが生の良さですね」
もっと多くの人にミュージカルを観てもらいたいという想いから、塩田さんはミュージカル講座で話をしたり、開演前の劇場でロビーパフォーマンスをしたりと、草の根活動にもエネルギーを注いできた。
「日生劇場(東京)での子ども向け公演の開演前に、オーケストラのメンバーにロビーに出てきてもらって曲を演奏したり楽器を紹介したりするロビーパフォーマンスをしました。劇場に親近感を抱いてもらえたらと思って、僕が最初にはじめたことです。コロナ禍で劇場は今、苦しい状況にありますが、ぜひいつか、皆さんに劇場に来て幸せな気分になっていただきたい。それが僕の願いです」
Q.子どもの頃の夢は?
A.小学生の頃の夢は薬剤師でした。もともと理系なので分析がしたくなるんですよね。今でも現場でなにかうまくいかないことが起こると、どこが原因かをつきとめていく作業が大好きです。
Q.音楽の仕事をするようになったきっかけは?
A.中学生時代にオペラ『トスカ』やミュージカル『ラ・マンチャの男』を観たとき、オーケストラピットから頭だけをのぞかせた指揮者の姿を見て、「この舞台をすべて動かしているのは、もしかして指揮者なの?」とインスピレーションを受け、劇場の指揮者になりたいと思うようになりました。それで音大の指揮科を受けたのですが落ちてしまい、「劇場の指揮者になるなら歌のことも知らなければ」と恩師に言われて、まず声楽科に入り、それから指揮科に転科しました。
Q.健康のために気をつけていることは?
A.毎朝2時間かけてウォーキングをして、1万5千歩ほど歩いています。仕事では暗い劇場に籠っていることが多いので、オフの日は自然のなかで過ごすようにしていますね。
Q.休みの日の過ごし方は?
A.いちばんの趣味はドライブ。数時間でも時間が空くと箱根までドライブに行って温泉につかって帰ってきたり。ゴルフも好きです。
Q.仕事以外のコンサートや舞台に行くことはありますか?
A.歌舞伎や芝居、ミュージカル、コンサート……空いている時間はできるだけいろいろな舞台を観て、吸収しようと思っています。とくにストレートプレイの芝居が好きです。
文/ 原典子
photo/ 坂本ようこ
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