今月の音遊人
今月の音遊人:三浦文彰さん「音を自由に表現できてこそ音楽になる。自分もそうでありたいですね」
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連載50[ジャズ事始め]“なぜ日本でジャズなのか?”という問いに対する50回目の回答
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2021.12.20
横浜のジャズ・イヴェントの手伝いをしていたとき、あちこちで「日本のジャズは横浜が発祥」という話を耳にした。
決定的な証拠がないので、「……と言ってもいいかもしれない」ぐらいの認識でいいかなと解釈し、個人的には諸手を挙げて賛成はしていなかった。
というか、発祥である証拠探しよりも、「なぜ日本にアメリカ発祥(こちらも“……と言われている”という認識なのだが)のジャズが普及したのか」のほうに惹かれてしまったから、というのが諸手を挙げなかった大きな理由だったりする。
そんなことから、“ジャズ事始め”と題して、まずアメリカでの“発祥と言われている事象”を改めて勉強し、日本への渡来経路や当時の背景などを洗い直してみることにした──というのが本稿を始めたきっかけ。
まさか50回もの連載になるとは思わなかったが、“発祥”と“伝播”についてさらに学術的に追究するとなれば、もちろんこんなヴォリュームでは済まないから、「長い連載だった……」なんて感傷に浸ることは恥ずかしくてとてもとてもできない。
ただ、日本のジャズの普及を考える際に、“ジャズがジャズであり続けること”と“日本化”(あるいは“日本語化”)することの整合性を論じられる出発点まで論考が広げられればと期待していたので、その点ではなんとか途切れずにたどり着けたかなと思っている。
実は、連載を始める前の準備段階で、ランドゥーガ、エイジアン・ファンタジィ・オーケストラ、大江戸ウィンドオーケストラの取材資料が目に留まったことをきっかけに、ここに行き着くというストーリーで日本のジャズを考えられないだろうかと思っていたことを告白しておかなければならないだろう。
“和ジャズ”と呼ばれる企画は、ランドゥーガを扱った回でも触れたように、比較的早い時期からほかにも多く存在していた。
しかし、日本の音楽的傾向においてジャズを(アレンジ的=味付け的に)取り入れるのと、ジャズを消化して“日本のもの”として発信するのでは、まったく意味が違う。
なにが“違う”のかが見えてくるように探っていくのでなければ、日本のどこでジャズが発祥したのかを特定できたとしても、あまり意味がないだろうと思っていた。
ジャズには柔軟性があり、雑食と表現するのが正しいほどにさまざまな要素を取り込んで進化してきた。
このことは、このたび文庫化された拙著『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス ミュージックメディア部刊、単行本タイトル『頑張らないジャズの聴き方』)でも各所で触れているが、ジャズ本流の雑食性とはまた別に、日本におけるジャズの流れにも異なった雑食性が存在していたことを、この連載では浮かび上がらせることができたのではないかと思っている。
そこにこそ、19世紀後半の個人主義が台頭してきた時代に生まれ、自由と平等を追求しようとした20世紀に、その象徴ともされたジャズが、21世紀でもなお存在感を放っている“変容”のヒントがあるのではないだろうか──。
“雑食であること=多様性を認めること”とジャズとの関係性という次のテーマが見えたところで、“ジャズ事始め”をとりあえず締め括りたい。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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