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ベンチャーズが来日60周年記念ツアー。変わる時代と変わらぬ音楽

2022年の夏、ベンチャーズが『来日60周年ジャパン・ツアー2022』を行った。

1958年に結成、1962年に初来日公演を行ってから60年。毎年のように日本全国をくまなく回るベンチャーズのコンサートは夏を彩る風物詩となってきた。1年に2回ツアーを行うこともあったため、これが何と74回目の来日。新型コロナウイルスの影響で2020年と2021年は来ることが出来なかったため、これが3年ぶりのジャパン・ツアーとなる。全25回の公演が行われ、“ベンチャーズ=日本の夏”という日常が戻りつつあることを実感させた。

現在のバンドのメンバーはボブ・スポルディング(ギター)、イアン・スポルディング(ギター)、リオン・テイラー(ドラムス)、ルーク・グリフィン(ベース)というものだ。もはやオリジナル・メンバーは残っていないものの初代ドラマー、メル・テイラーの息子のリオン、ボブ・スポルディングの息子イアンが加入するなどして、徐々に“ベンチャーズ:ネクスト・ジェネレーション”の体制が出来上がりつつある。このまま世襲制度が確立されれば、これから何十年でもベンチャーズの来日公演が可能となるわけだ。

ライヴ・バンドとしてツアーを行うのに加えて、ベンチャーズはコンスタントにスタジオ・アルバムを制作してきた。今回の来日にタイミングを合わせて、新作『ニュー・スペース』も発表されている。1964年のヒット作『ベンチャーズ、宇宙に行く The Ventures In Space』の“続編”であるこのアルバムは前作同様、宇宙をテーマとした作品。未来に夢と希望を抱くことが出来た時代のスペース・サウンドがギター・インストゥルメンタルで演奏されている。

2022年9月4日、東京・中野サンプラザ公演は、同アルバムからの『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』で始まった。さまざまなアーティストによるヴァージョンで知られるスタンダード曲ゆえ、ほぼ満員の観衆の多くが知っており、大きな拍手が沸き起こる(コロナ禍によりまだ声援は自粛が求められている)。

ベンチャーズのライヴはいつだって特別なエクスペリエンスだ。だが、この日のショーがさらに特別だったのは、これが彼らにとって最後の中野サンプラザ公演となる可能性が大きいことだ。1973年に開業したこの会場では内外の人気アーティスト達がコンサートを行ってきた。ベンチャーズは1976年、アメリカ合衆国の独立200周年を記念する全国100公演ツアーのひとつとして初めて進出。日本中のあらゆる都市でプレイ、東京でも渋谷公会堂、新宿厚生年金会館、サンパール荒川などでライヴを行ってきた彼らだが、近年では毎年ここで公演を行い、中野サンプラザこそがベンチャーズのホームグラウンドだという認識が持たれている。2023年7月に閉館が決定したというニュースが流れたことで、いつも通りの楽しいショーの中にも、一抹の寂しさが漂っていた(次回のツアーの
前半にスケジュールを組み込めば、あと1回実現するかも知れないが……)。

ファンの愛する名曲を惜しげもなく披露するステージ。『ウォーク・ドント・ラン』『10番街の殺人』『ハワイ・ファイヴ・オー』『スリープ・ウォーク』『ワイプ・アウト』『テルスター』などはいずれもオリジナル曲ではないもののベンチャーズ・クラシックスとして知られ、どの曲も拍手で迎えられる。1960年代にエレキ・ブームを巻き起こし、ザ・ビートルズと人気を二分したというキャリアの長いバンドだけあり、ファンの年齢層もかなり高い。とはいっても観客層は必ずしも当時を知る70~80代のファンだけでなく30代、40代とおぼしき男女も見かける。鋭角的に耳とハートに突き刺さる“テケテケ”サウンドはいつ聴いても刺激的なものであり、現代において入門編でなくとも、長年熱心な音楽ファンをやっていたらきっとどこかで出会うことになるのがベンチャーズなのである。

音楽だけでも楽しいのに加え、今回の来日公演ではステージ背後のスクリーンに映像が投影される趣向も。バンドの演奏を盛り上げるイメージ映像が主だったが、今は亡きドン・ウィルソン、ノーキー・エドワーズ、ジェリー・マギーというベンチャーズの歴史において重要な位置を占めてきたメンバー達が映し出され、彼らへの愛と敬意が表されていた。

アンコール時にファン達がステージ前に駈け寄り、花束やプレゼントをバンドに手渡す“恒例の行事”は今回はお休み。だがラスト『キャラヴァン』を終えてスクリーンに“SEE YOU NEXT YEAR”というメッセージが映されると、会場は最大の盛り上がりを見せた。

初来日から60年、メンバーは替わり、コンサート会場も変わる。だがベンチャーズの音楽は変わることなく、時代を超えて聴き継がれていく。そうしてこれからも数多くのリスナーが、彼らとの出会いを果たすことになるだろう。

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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