Web音遊人(みゅーじん)

英国ハード・ロック・バンド、バッジーの受け継がれる伝統

英国のハード・ロック・バンド、バッジーのシンガーでベーシストだったバーク・シェリーが2022年1月10日、71歳で亡くなった。

1967年にカーディフで結成されたバッジーは、ウェールズ地方から世界に打って出た初めてのロック・バンドだった。それまでトム・ジョーンズやシャーリー・バッシーなどソロ・シンガーがイギリスに進出していたものの、ロック・グループとして成功を収めたのが彼らだった。バッジーが大きく扉を開け放ったことは、マニック・ストリート・プリーチャーズやステレオフォニックス、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインといった後続バンドの活躍へと繋がっていった。

ブラック・サバスを手がけたロジャー・ベインをプロデューサーに迎えたデビュー作『バッジー』(1971)は、ハードでヘヴィな曲調とバークの甲高いヴォーカルをフィーチュアした個性的なサウンドで支持を得る。『イン・フォー・ザ・キル』(1974)が全英チャート29位、『反逆の群狼』(1975)が36位と、ハード・ロックだけでなくメインストリーム市場でも人気を獲得したバッジーはブラック・サバスやレッド・ツェッペリン、あるいはラッシュと比較され、ライヴ・バンドとしてもイギリスとヨーロッパで多くの観客を動員した。

彼らのキャリアのハイライトとなったのが1982年8月のレディング・フェスティバルだった。当時のヘヴィ・メタル・ブーム(いわゆるN.W.O.B.H.M.)の余波でハード・ロック色が濃厚だったこの年のレディングだが、3日間のフェスでアイアン・メイデン、マイケル・シェンカー・グループと共に堂々ヘッドライナーを務めている。この年には大規模なイギリス・ツアーやポーランド・ツアーも行われたが、アルバムは『Deliver Us From Evil』(1982)で途絶え、バンドは1987年に活動を休止している。

1990年代に単発のライヴで復活、2000年代に入って本格的再結成ツアーや新作アルバム『You’re All Living In Cuckooland』(2006)で健在ぶりをアピールしたバッジーだったが、2010年11月にバークが大動脈瘤で入院。そのまま療養生活に入り、バンドには終止符が打たれることになった。

バッジーは本国イギリスとヨーロッパでかなりの人気を誇っていたが、アメリカ市場を制圧することはなく、スーパースターの座を掴むには至らなかった。だが彼らは多くのフォロワーを生み、間接的に後世のハード・ロック・シーンに影響を及ぼすことになった。1970年代中盤、初期のヴァン・ヘイレンはライヴで『イン・フォー・ザ・キル』をカヴァーしていたし、メタリカが彼らの『ブレッドファン』『脳手術の失敗 Crash Course In Brain Surgery』を、アイアン・メイデンが『アイ・キャント・シー・マイ・フィーリングス』をカヴァーしたことで、新しい世代のロック・ファンに広く知られるようになっている。

2020年にはトリビュート・プロジェクト、その名もバンドリアー・キングスが全曲バッジーのカヴァー曲からなるアルバム『ウェルカム・トゥ・ザ・ズーム・クラブ(ア・トリビュート・トゥ・バッジー)』を発表している。スウェーデンのメタル・バンド、オーヴァードライヴのギタリストで北欧メタル大辞典『The Encyclopedia Of Swedish Hard Rock And Heavy Metal』の著者でもあるヤンネ・スターク、そしてポール・ギルバートやTOTOのツアーにサポート・メンバーとして同行した経験もあるギタリスト/シンガーのトニー・スピナーの2人が意気投合してレコーディングした同作。1970年代にバッジーのメンバーだったトニー・ボージ(ギター)とスティーヴ・ウィリアムズ(ドラムス)が『ガッツ』でゲスト参加、BOW WOWの山本恭司が『ヌード・ディスインテグレイティング・パラシューティスト・ウーマン』でギターを弾くなど、豪華なアルバムに仕上がっている(なおBOW WOWもバッジーと同じく1982年のレディング・フェスティバルに出演した)。バンドが活動を止めても、バッジー魂が不滅であることを実感させる好作品だ。

なおバッジーの研究書として、マニアのクリス・パイク氏が『Back To The Egg: Budgie’s Influential Early Years 1967-73』『In Pecking Order: Budgie’s Dynamic Middle Years 1974-79』『Time To Remember: Budgie’s Heavy Revolution 1980-2010』という3冊の著書を刊行したが、2021年9月に同氏が亡くなったことで絶版となってしまったのが残念だ。いずれ復刊されることを祈りたい。

バッジーには数多くのメンバーが参加してきた。ギタリストのトニー・ボージやジョン・トーマス、ドラマーのレイ・フィリップスやピート・ブートらを筆頭に、2008年から2010年には元ジェフリア〜ディオのクレイグ・ゴールディがギターを弾いていたこともある。だが、不動のメンバーであるバークの死によって、その歴史には幕が下ろされることになった。“Budgie=セキセイインコ”というハード・ロックらしからぬ名前を冠したバンドは飛び立ってしまったが、彼らの遺した音楽はこれからも聴き継がれ、次なる世代のアーティスト達に影響を与え続けるだろう。

 

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:新妻聖子さん「セリーヌ・ディオンの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

今月の音遊人

今月の音遊人:新妻聖子さん「あの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

18918views

音楽ライターの眼

連載48[ジャズ事始め]“アジア”から“江戸”へと回遊を始めた21世紀初頭の日本のジャズ

1246views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

6791views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

92150views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

10793views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

15105views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

12394views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

6767views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

17870views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

4465views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

5348views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

23632views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4055views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

27996views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#025 1950年代後半の“空気感”を丸ごと盛り込んだ確信犯的エンタテインメント~ソニー・ロリンズ『ウェイ・アウト・ウエスト』編

242views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

446views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

7430views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

14484views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

12093views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4143views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

22162views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

2368views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

27583views