Web音遊人(みゅーじん)

フランク・ザッパの音楽と人生をたどる映画『ZAPPA』、2022年4月に全国公開

フランク・ザッパ(1940 – 1993)の音楽と人生をたどった劇場映画作品『ZAPPA』が2022年4月、日本公開されることになった。本作は20世紀アメリカ音楽を代表するアーティストの1人と呼ばれるザッパにとって初の“オフィシャル”な伝記ドキュメンタリー映画となる。

ザッパはロック/ポップ/ジャズ/クラシック/ブルースなどジャンルを超越しながら個性あふれる音楽性、シリアスなメッセージとダークなユーモアが交錯する歌詞世界で熱心なファン層を確立。わずか52年の人生で62作のアルバムを発表している(映画中で公にされている数字。没後にも53作が世に出ているそうだ)。『フリーク・アウト!』(1966)、『ホット・ラッツ』(1969)、『ジョーのガレージ』(1979)など、リスナーごとに“名盤”の定義が異なるのも彼の特徴だ。

数々のオリジナル・アルバムに加えてライヴ音源にスタジオでオーヴァーダブしてまったくの新作を創り上げる手法も斬新だったし、自らが高度なテクニックを誇るギタリストであり、最新テクノロジーだったシンクラヴィアを導入。バンド・リーダーとしてもスティーヴ・ヴァイ、エイドリアン・ブリュー、ウォーレン・ククルロ、マイク・ケネリー、テリー・ボジオ、ヴィニー・カリウタ、エディ・ジョブソン、ジャン=リュック・ポンティ、さらに息子ドウィージルとアーメットを世に出すなど、ザッパは多角的な音楽活動を行ってきた。1980年代には歌詞検閲団体PMRCの公聴会でスピーチを行うなど、彼はロック界の言論の自由を代表するスポークスパーソン的役割も担っている。

あまりに多岐にわたる活動ゆえに、ファンであってもその全体像を把握するのが容易でないザッパだが、『ZAPPA』はその出生から音楽活動、その死までを判りやすくまとめている。 未公開を含むライヴやプライベートのフッテージ、奥方ゲイル・ザッパやスティーヴ・ヴァイ、マイク・ケネリー、アリス・クーパー、パメラ・デ・バレスなどが彼を語るコメントなど、盛りだくさんの内容で、128分があっという間に過ぎていく。超絶難曲として知られる『ザ・ブラック・ペイジ』について時間が割かれているのも嬉しいところだ。また、1982年にまさかのサプライズ・ヒットとなった愛嬢ムーンとのデュエット『ヴァリー・ガール』にも言及がされている。

本作の監督はアレックス・ウィンター。俳優としてはキアヌ・リーヴスとコンビを組んだ“ビルとテッド”シリーズが有名で、2020年に第3作『ビルとテッドの時空旅行/音楽で世界を救え!』が公開されている。劇中ではメタル寄りのロック野郎として描かれている彼だが、実は長年のザッパ・ファンだという。言われてみれば、1991年の第2作『ビルとテッドの地獄旅行』でビルとテッドのエア・ギター速弾きをオーヴァーダビングしているのは、元ザッパ門下生のスティーヴ・ヴァイだったりする(ただウィンターがこの時点でザッパとの関連を意識していたかは不明だ)。

マニアであればあるほど、あれも入れたいこれも入れたいと長くなってしまって、“シロウトお断り”の大長編となってしまうリスクを孕んでいた本作だが、2時間にキッチリ収めたウィンターのプロ意識は称賛に値する。

“ディープ・パープルの『スモーク・オン・ザ・ウォーター』の歌詞に出てくるフランク・ザッパって誰だろう?”というライト層の音楽ファンにも優しく、同時にコアなファンも楽しめるのが本作だ。

その一方で、元々マニアの多いザッパの映画なのだから、1,000時間を超えるといわれるアーカイヴ(映画でも膨大な量のフィルムとテープが保管される倉庫が映し出される)からふんだんに映像を使って、とんでもない長さにして欲しかった気もする。2021年には8時間近くの『ザ・ビートルズ:Get Back』が配信公開され、大絶賛を浴びたばかり。ザッパも大量の未公開ライヴ映像がありそうだし、触れられなかったエピソードも少なくない。

ライヴ会場に選挙民登録所を設置したことは(アメリカでは投票するのに事前登録が必要)、ロック・ファンの意識改革に多大な貢献をした。また、自分のライヴを勝手に録音、レコード/CD化するブートレグ(海賊盤)業者に業を煮やして、質の良いブートレグを勝手にオフィシャル発売する“BEAT THE BOOTS”というアイディアを実行に移したのもザッパだった。日本のファンとしては、1976年2月に行われたたった一度のジャパン・ツアーにも触れて欲しかったし、日本を活動拠点のひとつとしているテリー・ボジオの談話も欲しかったかも。贅沢を言ったらキリがないが、本作を入口にして多くのリスナーがザッパの音楽に覚醒することを願わずにはいられない。

『ZAPPA』は新たな感覚への扉を開け放つゲートウェイ映画である。

映画『ZAPPA』
2022年4月22日(金)よりシネマート新宿・シネマート心斎橋にて、ほか全国順次公開

映画公式サイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

photo/ ©2020 Roxbourne Media Limited, All Rights Reserved.

facebook

twitter

特集

前橋汀子

今月の音遊人

今月の音遊人:前橋汀子さん「同じ曲を何千回、何万回演奏しても、つねに新しい発見や見え方があるのです」

2725views

音楽ライターの眼

二重のイリュージョンにマイケルの声を聴く/SINSKE produce 打楽器アンサンブル

2608views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

14486views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

4000views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7659views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

16969views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10413views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2970views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10056views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

5021views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7082views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29942views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

9066views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13849views

音楽ライターの眼

連載20[ジャズ事始め]ジャズは自分にとってなんなのかを追求した日本人・穐吉敏子の答え

2298views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

5903views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

7885views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

6129views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

13359views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4776views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

21305views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2970views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views