Web音遊人(みゅーじん)

指先から涙が噴き出しそうにエモーションを込めたポール・コゾフのギター。バック・ストリート・クロウラーの『ザ・ライヴ・パフォーマンス -ファースト&ラスト-』発売

最小限の音数で最大限の感情を表現するギター。10年に満たない活動期間で、25歳の若さで旅立ったポール・コゾフだが、その死から46年が経つ2022年現在でも世界中のリスナーを魅了し続ける。

1950年に生まれたポールは1960年代後半、英国ロンドンのブルース・シーンでデビューするが、フリーのギタリストとして一躍ブレイクを果たす。3枚目のアルバム『ファイア・アンド・ウォーター』(1970)からのシングル『オール・ライト・ナウ』はイギリスでチャートの2位、アメリカで4位というヒットを記録した。

そんな商業的な成功と並行して、ポールはギターの名手として支持を得ていく。ブルースを軸としながら、指先から涙が噴き出しそうにエモーションを込めたリード・ギターは聴く者のハートを捉えるもので、『ウォーク・イン・マイ・シャドウ』『ザ・ハンター』『ソングズ・オブ・イエスタデイ』『アイル・ビー・クリーピン』『ファイア・アンド・ウォーター』『カム・トゥゲザー・イン・ザ・モーニング』……と名演は枚挙にいとまがない。

1970年に英ワイト島フェスティバルで60万人といわれる大観衆を前に演奏、1971年には日本公演を行うなど世界規模の人気を誇ったフリーだが、ポールの身体はドラッグに蝕まれていく。翌1972年の2度目の来日公演に彼は同行せず1973年、バンドは解散するのだった。

ポールはソロ・アルバム『バック・ストリート・クロウラー』(1973)を発表。いきなり17分半のインストゥルメンタル『チューズデイ・モーニング』で始まるなど、決してコマーシャルな内容ではなかったが、彼の入魂のギターを全編堪能出来る作品で、現在ではアウトテイクを追加収録したデラックス・エディションが発売されている。

続いて彼はアルバムと同名のバンド、バック・ストリート・クロウラーを結成。アルバム『バンド・プレイズ・オン』(1975)を発表するが、ヘロインと鎮静剤マンドラックスへの耽溺でボロボロの状態で、しかも北米ツアーではマネージャーを殴って左手の指を突き指、急遽スナッフィ・ウォルデンが代役としてギターを弾いたこともあった。そして1976年3月19日、彼はロサンゼルスからニューヨークに向かう飛行機の機内トイレで息絶えているのを発見されている。死因は脳浮腫と肺水腫と診断された。既に完成していたバック・ストリート・クロウラーのセカンド・アルバム『2番街の悲劇』(1976)は彼の死後に発表された。

わずか10ヶ月程度の活動期間、しかもポールが欠席のこともあったバック・ストリート・クロウラーだがアルバム2作に加えて、ライヴ2公演の音源が残されている。それらをカップリングしたCD2枚組が『ザ・ライヴ・パフォーマンス -ファースト&ラスト-』だ。

CD-1の1975年6月15日、クロイドンのフェアフィールド・ホールでのライヴは5月〜6月に行われた初のイギリス・ツアーからのもの。ポールの死後、『彷徨える魂 Koss』(1977)『リーヴス・イン・ザ・ウィンド』(1982)などのコンピレーション盤で数曲ずつが小出しにされてきたが、1983年に『Croydon June 15th 1975』で全14曲がフル・アルバム化。『バンド・プレイズ・オン』からの曲に加えてソロ作からの『モルトゥン・ゴールド』、フリー時代からおなじみのアルバート・キングの『ザ・ハンター』などでポールのギター、テリー・ウィルソン=スレッサーのヴォーカルが冴えわたり、音質ももちろん良好だ。熱心なファンにとっては“定番”化している音源だが、2022年24ビット・リマスター/DSDマスタリングで音質アップが図られている。

CD-2の1976年3月3日、ロサンゼルスのスターウッド・クラブでのライヴはポールが亡くなる2週間ちょっと前の、生前ラスト・ステージだ。突き指も癒えてプレイも順調で、やはり『バンド・プレイズ・オン』からの曲をメインに弾いている。こちらは古くからテープがマニアの間で地下流通していた音源で、観客が盗み録りしたのではないかとも言われてきたが、音質・バランス共に大きな問題はなく、のめり込んで聴くことが可能だ。

なお、2020年に海外でリリースされたCD4枚組BOX『Atlantic Years 1975-1976』にはスタジオ・アウトテイク&未発表曲4曲が追加収録されていたが、『ザ・ライヴ・パフォーマンス -ファースト&ラスト-』日本盤をレーベル直販あるいは一部CDショップで購入した場合、その4曲を収録したCDシングルが先着特典としてプレゼントされるので、ぜひ手に入れて聴き込みたい。

さらに日本盤には2種類のフライヤー・レプリカ、両面ピンナップを封入するなど、気合いを込めた仕様となっている。

その死から46年、ポール・コゾフのギターの慟哭は止まることがない。

■アルバム『ザ・ライヴ・パフォーマンス -ファースト&ラスト-』


発売元:Wasabi Records
発売日:2022年6月22日
価格(税込):3,520円

詳細はこちら

 

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

大江千里 さん- 今月の音遊人 

今月の音遊人

今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」

18587views

ルッカの生家前にあるプッチーニの像

音楽ライターの眼

フィギュア・スケートの選手たちに愛されるプッチーニの『トゥーランドット』 vol.1

39764views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

15626views

SE ArtistModel

楽器のあれこれQ&A

クラリネット入門!始める前に知りたい5つの基本

782views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9072views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

9666views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

17810views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4502views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25237views

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

われら音遊人

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

10052views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7966views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28276views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14854views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9648views

音楽ライターの眼

連載4[ジャズ事始め]日本のジャズの夜明け前には小唄をアレンジした軍楽隊の演奏が人気を博していた

4421views

梶望さん

オトノ仕事人

アーティストの宣伝や販売促進など戦略を企画して指揮する/プロモーターの仕事

13727views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

6380views

ギター文化館

楽器探訪 Anothertake

歴史的ギターの音を生で聴けるコンサートも開催!

8499views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

10883views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

9666views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

5644views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

6521views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35102views