今月の音遊人
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シリーズ三度目のショスタコーヴィチはさらなる進化と深化の高みへ/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.8
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2022.3.17
早いもので、今回で8回目の開催。世界的巨匠として名高い徳永二男、堤剛、練木繁夫が銀座・ヤマハホールで豪華共演する「珠玉のピアノ・トリオ」を聴いた。
オープニングは、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第11番『仕立て屋カカドゥ』から。作曲者が後期に差しかかる頃に残した円熟の作で、変奏曲の名手だった彼の手腕が遺憾なく発揮されているのが特長だ。また、その主題に、当時流行していたミュラーのオペラ『プラハの姉妹』の中で歌われる『私は仕立て屋カカドゥ』の旋律が用いられていることから副題にも採用されている。
当夜の3人は、深刻で長大な序奏を巨匠らしく朗々と見通しよく奏でて開始。その後、原作オペラの陽気でおどけた主人公の性格を象徴するかのような主題が現れ、各楽器のソロや、ピアノ抜きの弦2挺による掛け合いなど、聴きどころ満載な変奏を多彩に繰り広げてゆく。そして、対位法的な構築も見せながら壮大なフィナーレに至る流れの巧みさは、3人の類い稀なる知性と感性を改めて実感させてくれた。
続いての演目は、ブラームスのピアノ三重奏曲第2番。前曲と同じく後期の充実作で、作曲者も出版者宛の手紙の中で、「ここ10年間で最も美しいトリオだろう」と大変な自信を覗かせている。第1楽章のアレグロの快活な運び、第3楽章の中間部の旋律における優美な歌い回し、第4楽章の清々しい高揚感など、いずれも素晴らしい演奏だったが、この日のハイライトは第2楽章のアンダンテ。ジプシー風のエレジーを主題に持つ5つの変奏曲で編まれているが、彼らはあまりにも深い呼吸で情緒豊かな対話として紡ぎ上げてみせる。その随所に漂う悲しみや慈愛は、“これぞブラームス”と唸らずにはいられない名演だった。
そして、当夜のトリを飾ったのが、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番。第2次世界大戦中に亡くなった作曲者の友人で、高名な音楽評論家でもあったイワン・ソレルチンスキーを偲んで書かれた傑作中の傑作だ。3人はこのシリーズで過去に本作を二度取り上げており、思い入れの深さを感じさせる。演奏する度に作品の肝であるシニカルな悲しみが研ぎ澄まされてゆく彼らの演奏は、今回もさらなる進化と深化の高みへ。中でも、墓場をうろつき回る男を描いたとされる第4楽章が圧巻で、徳永と堤の弦2挺は、過去二度を上回る気迫と精度で丁々発止。それらを完璧に支えながら理想のトライアングルとして花開かせていった練木のピアノ。この3人にしかなしえない至芸の数々に恍惚となりながら、終演後の満場の大喝采の中では、早くも四度目の演奏を願わずにはいられなかった。
渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。
文/ 渡辺謙太郎
photo/ Ayumi Kakamu
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tagged: 徳永二男, 音楽ライターの眼, 堤剛, 練木繁夫
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