今月の音遊人
今月の音遊人:甲田まひるさん「すべての活動の土台は音楽。それなしでは表現にはなりません」
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力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性
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2023.6.7
tagged: アコースティックギター, 楽器探訪AnotherTake, FG9
弾き語りのスタイルにおいて理想の表現力を提供するハイエンドのアコースティックギター。そんなコンセプトで開発された「FG9」は、早くもアメリカで話題を呼んでいる。
ギターを使ったポピュラー音楽において、そのメインストリームはアメリカにある。特に、フォークギターあるいはフラットトップとも呼ばれるアコースティックギターは、カントリーをはじめとするアメリカ音楽とともに発展を遂げてきた。
ヤマハのアコースティックギターはすでに50年以上の歴史を持ち、アメリカにおいても確固たる地位を築いているが、改めて「アメリカのユーザーに満足してもらえるハイエンドギターを作ろう」という目標のもとに開発されたのが、今回紹介するFG9だ。
「FG」はシンガーソングライターに代表される“ 弾き語り”のスタイルを念頭に置いたシリーズである。FG9もそのコンセプトを踏襲しつつ、豊かな音量と明瞭なサウンドを併せ持ち、プロのニーズにも高いレベルで応える表現力の広さを実現した。4月にアメリカ・カリフォルニア州で行われた楽器の展示会「The 2023 NAMM Show」でお披露目され、好評を博したのは記憶に新しい。なかには、1時間以上も弾き続けたプロのギタリストもいたという。
「予想以上の反応が得られて、正直びっくりしています」とNAMMを振り返るのは、商品企画担当の江國晋吾さん。今回は彼に加え、開発担当の保野秀久さん、マーケティング担当の奥山淳史さんの3 人に話を聞いた。彼らはFG9の企画段階から行動を共にしてきたチームである。
ヤマハが新たに提案するハイエンドギターはいかにあるべきなのか──。
FG9の開発にあたり、彼らが最初に行ったのは、現地のハイエンドギター・ユーザーたちの意見を聞くことだった。
「シアトルやニューヨークなど、いくつもの都市を巡り、プロのミュージシャンをはじめとするギタリストたち約50人にインタビューを行いました」と奥山さん。
「音楽についてはもちろん、ライフスタイルに関しても幅広く話を伺い、ヤマハの試作品から他メーカーのギターまで、何本も試奏してもらい、彼らがアコースティックギターに何を求めているのか、探っていきました。1名につき約2時間の超ロングインタビューです」
その結果、音楽の楽しみ方やギターの好みなどについては人それぞれで、多岐にわたっていることがわかったのだが、共通しているものもあった。
「それは、多くの人がギターに“明瞭さ”と“力強さ”を求めているということでした」と江國さん。
「明瞭さとは、例えば曲の出だしや歌い始めを想像してみてください。多くの曲は静かに歌い始めますよね。そのときに柔らかいタッチで弾いても歌とハーモニーが取りやすいクリアな音が必要だということなんです。そして力強さとは、サビでは歌と一緒に盛り上がってくれることで、現地の方は『前に音が飛ぶ』とか『吠える』という言葉を使っていたのが印象的でした」
明瞭さと力強さを併せ持つ、シンガーソングライターの片腕となるギター。FG9が目指すギター像は、こうして決まった。
ヤマハのアコースティックギターには、FGのほかに「L」というシリーズがある。Lシリーズはすべての音域にまとまりがあり、優しく弾いてもニュアンスがつけやすいことが高い評価につながっている。つまり、明瞭さを獲得するためのノウハウはすでにLシリーズによって蓄積されているため、FG9の開発においては、力強さを得ることが大きなテーマとなったのである。
また、FGシリーズには2019年に発売された「FG5」というFGの伝統を引き継ぐギターがあり、FG9の試作品も最初はFG5のスタイルを踏襲したものだった。しかし、インタビューの結果から導き出された目指すギター像を、音だけでなく外観デザインにも反映し、「FGらしさを保ちつつも現代のミュージシャンに合わせた新世代のギター」という方向性を試作開発の過程で切り拓いていくことになった。
ヤマハギターの開発拠点は日本とアメリカにあり、主にアメリカではルシアー(職人)が試作品を担当し、日本では多種多様なギターや木材の測定を実施し、得られた音響や振動の特性をシミュレーションなどに反映し、FG9に最適な設計や材料を探っていった。
「データに基づく科学的なアプローチは10 年以上前から行っていて、楽器を開発するツールとして根づいてきました」と保野さん。FG5の開発でもこの手法が功を奏したという。
「PC 上でのシミュレーションを効果的に利用することでFG5を狙いどおりのギターにすることができたので、今回も積極的に使っていきました」
その結果、FG9のボディトップ材に選ばれたのは、アディロンダックスプルース。高級ギターによく使われる木材として知られていて、ヤマハのギターでは初めての採用である。
「この材は、ほかの材と比べると、ばね性に優れています。ただ、その特性を最大限に生かせるブレイシング(トップ材の裏に張る力木。音の特性に関わる重要な部分)を設計しないと、固すぎて逆に鳴らなくなってしまう。ここでルシアーの経験と、データの蓄積が生かされました」(江國さん)
アメリカでは熟練のルシアーがブレイシングの試作をする。それに対し、日本からは科学的見解に基づき「もっと音を良くするためにブレイシングの形状をあと0.5mm変更することはできないか?」というような“ 技能”と“ 技術”の密なコミュニケーションのキャッチボールを繰り返すことでFG9の最適な仕様が決まっていった。 「日米のルシアーの経験と音響に関する知見を有効活用することで、ルシアーがひとりでやったら数年はかかる作業を1 年ほどで行い、最適だと思えるブレイシングを見つけることができました」(江國さん)
FG9の力強さを実現するのは、ボディトップだけではない。バック材についても、音を前に勢いよく弾き出すために、ほかの現行機種よりも厚めに設定した。FG9にはサイド・バック材にローズウッドを使った「R」とマホガニーを採用した「M」の2 種類が用意されたが、どちらもより力強い音を出せるよう、ブレイシングもバック材の厚みもそれぞれ個別に最適化した設計を採用している。
また、ボディに入力された音をダイレクトに発信するため、ネックとの接合はあえてボルトオン式を採用。これもヤマハのアコースティックギターでは初となる仕様だ。
「従来のように接着する方式だと、ボディの振動がネックに伝わり、音が柔らかくなります。それがいいというユーザーさんもいらっしゃるのですが、FG9は力強い音にフォーカスしたギターなので、ボルトオン方式を取り入れました」(江國さん)
この方式はネックの取り外しが容易なため、メンテナンスのしやすさや、よりプレイアビリティにこだわった塗装も可能となり、FG9のグレードアップに一役買うことになった。
「ハイエンドギターなので、どこにも妥協していません。弾き手をインスパイアし、『このギターだからこそ表現できる音楽がある』と思っていただける存在になってほしいですね」(江國さん)
「サウンドからデザインまで、すべてにこだわり抜いたギターです。所有欲も満たしてくれるはずですよ」(保野さん)
「FG9が獲得した力強さと明瞭さから、ヤマハの『本気』を感じてください」(奥山さん)
すでにアメリカでは高い評価を受けているFG9。これから弾き手によってどのように育っていくのか、楽しみだ。
設計と同時に外観のデザインも進められ、「細部に感じられる日本らしさ」が随所に取り入れられた。弾き手の姿を引き立てつつも、所有する喜びにあふれたシックなデザインに仕上がっている。
①日本の伝統「縄」をイメージしたロープインレイ
サウンドホールの周囲やボディ外周に施されたインレイのパターンは、神社や相撲の土俵などで見られる「縄」をモチーフに。実は1969年に発売されたFG500にも用いられた仕様であり、FGの伝統を踏襲したデザインともいえる。
②「組木細工」をモチーフにしたポジションマーク
多くのギターでは貝殻などが使われるが、ここでは日本の伝統工芸である組木細工を想起させるデザインを採用。控えめながらオリジナリティを感じさせる仕上がりに。
③木材を用いたバインディング
ヘッドにあしらわれた「YAMAHA」の文字に加え、外周のバインディングにも杉の木を用いている。シンプルながら高い木工技術を必要とする仕様である。
④和紙を採用した内ラベルにはさらに……
日本を強く感じさせる素材である和紙に、新しいFGのロゴをあしらい、さらによく見ると中央にヤマハの音叉マークが立体加工されている。伝統と新しさが融合したラベルだ。
⑤新しいFGロゴ
「FG9」より、シンプルで美しいロゴが新たに採用された。今後、FGにはこのロゴを使っていく予定だという。
ヤマハでは初となるアディロンダックスプルースをトップ材に用い、力強さと明瞭さを備えたサウンドが特徴の「FG9」。サイドとバックにローズウッドを用いた「R」とマホガニーを採用した「M」が用意され、好みによってチョイスできる。双方は設計も異なり、材の特性を最大限に生かしたサウンドが出せるようにチューンナップされている。
文/ 山﨑隆一
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